2018年09月22日

第5回「ライフプロデュース」研究会 「人生で影響を受けた一冊」〜その2〜 

第5回「ライフプロデュース」研究会 開催のご報告(その2)    
中村昌子

 9月21日 18:00〜21:00 内幸町 日本プレスセンター内、日本記者クラブ9階ラウンジにて、第5回「ライフプロデュース」研究会,開催いたしました。前回の投稿に続き、研究会メンバーの「人生で影響を受けた著書」についてご紹介していきたいと思います。

*:..。✿ ฺ*゚¨゚゚・*:..。❀ ฺ*゚¨゚゚・*:..。✾ ฺ*゚¨゚・*:..。❖ ฺ*゚ *:..。✿ ฺ*゚¨゚゚・*:..。❀ ฺ

【著書】:「辰濃和男の天声人語 人物編」(辰濃和男著、朝日文庫)
【影響を受けた背景など】
 この文庫本は、元朝日新聞記者の辰濃和男さん(故人)が1975年から1988年まで、新聞のコラム「天声人語」に書き綴った4千本近くの中から、「人」のことについて取り上げた作品を集めたものです。彼に言わせれば、「志の高い人」、「これ渾身の力で生きている人」、「自分の後ろ姿を見るゆとりを持った人」を有名、無名問わず取り上げてきた、ということです。
 私はこの本をいつも持ち歩いていて、記事を書くときに困った時や行き詰まった時などによく読んでいました。スポーツ記者が長かった私は「結局、人に会って、人に学ぶ」ということをこの本を読んでいて学びました。そして今でも何かを書く時に、再読したりしています。私にとってはバイブルのようなものでしょうか。「ひとことしか言わないお相撲さんで50行を書け」と言われていた時代、いかに周辺取材でその穴を埋めるか、というようなことも、この本から学びました。
                                                  
庄司信明


●題名: 『話を聞かない男、地図が読めない女』
●著者: アラン・ピーズ/ バーバラ・ピーズ 夫妻共著 (藤井留美 訳)
●発行所: 主婦の友社 (2000年 第一刷)

●選んだ理由

 1986年の「男女雇用機会均等法」施行以降、世の中的にも、会社内でも、そして我が家庭内においても、あらためて「真の男女平等とは?」、「真の男女同権とは?」という議論が活発に交わされ、特に我々世代の男性(過去その時代背景とか環境下、無意識に「男性優位」の偏見を身に付けてしまった)も、大きく「意識改革」を求められるようになったと思います。
 しかし、頭では(その重要性を)理解していても、いざとなると長年にわたって染み付いてしまった「偏見」をすぐに修正することも出来ず、また(大げさに言えば)人類史上かつて経験したことのない、男女間の関係性の「本来あるべき姿」(固定的性別役割分業を全面否定する)を模索していく状況の中で、この本に出会ったのです。
読後、即ズバリその「解」を得たというわけではないですが、様々な事例研究やデータ分析に基づき、冷静かつ論理的に「何を、どのように考え(捉え)、どう行動していけば良いのか」といった具体的な指針を示してくれた一冊だったと受け止めています。
つまり、「男女平等」とはなんでもかんでも男女同じようにする、一緒にすればいいということではなくて、『男女はそれぞれ特性(考え方、価値観等)が違うということを理解し、それを素直に受入れることが重要で、けっして相手に自分と同じ考え方、価値観等を求めてはならない』のであり、『男女が違うということは、不平等という意味ではなく、真の「平等」とはやりたいことを自由に選べる、等しく機会が与えられるということである』ということを学びました。(後は実践あるのみ!!)
 
若井泰樹


名画を見る眼 (1969) 続名画を見る眼(1971)
高階 秀爾 著 岩波新書

 前職海外滞在時、美術館巡りは楽しみの一つであったが、この本のお陰で美術館巡りが更に奥深いものとなった。また、小さい頃、両親が家業の再建で忙しく孤独な少女(笑)だった私の一番の楽しみは、実家の母屋の奥に建つ、急勾配の石蔵の2階を這って登りきった階段の左手、薄暗い蔵の二階に、ずらっ!と並んだ「世界文学全集」と「世界絵画全集」だった。暇さえあれは、幼い私は、A3ほどの大きさの本を抱え込みながらページをめくり、子どもながら、ありったけの想像力全開!し、妄想に耽った懐かしい記憶ー大人になってから、その思い出を掘り起こし、論理的に補強し、奥深い知識に熟成してくれたのがこの本だった。
幸運にも、社会人となって、この本で紹介されている絵画の殆どの作品を、仕事先、旅行先で間近に鑑賞する機会にも恵まれた。この著書は、初版から50年の歳月が経っているが、今、再読してもまだまだ新鮮な発見がある。
 著者はあとがきにて、「絵というものは、別に何の理屈をつけなくても、ただ眺めて楽しければそれで良いという見方もある。〜中略 〜しかし私は自分の経験から言って、先輩の導きや先人たちの研究に教えられて、同じ絵を見てもそれまで見えなかったものが忽然と見えて来るようになり、眼を洗われる思いをしたことが何度もある。」と述べておられる。

特に、この本の解説で私自身が絵画を鑑賞する眼を開眼した(目からウロコだった)のは、ロンドン ナショナルギャラリー所蔵 1434年作 ファン アイクの「アルノルフィ−ニ夫妻の肖像」だ。
この 82×59.5センチの小さな板絵の前に佇み、この解説本を片手に時を忘れて見入った思い出を今、懐かしく振り返る。15世紀前半に描かれたこの夫妻の肖像画が如何に先鋭的だったかは是非この本を読んで確かめていただきたい。

 絵画鑑賞に留まらず、我流でない、自分の感性のみに流されない、多角的、専門的なものの見方を養うために、今の自分の判断基準に何が必要か?それを自問自答するのに必要だった著書の一冊と言える。
中村昌子


さて、困った! 今回のお題は「人生で影響を受けた一冊」、そんなもんあるかしら?
これまで、10回くらいは引っ越しをした。その度に本は整理して捨てた。その中で、持ち続けているのがある。E.フロムの『自由からの逃走』だ。一時は、かぶれて、フロムの『愛するということ』『悪について』などを読み漁った。「自由からの逃走」、その気分はうっすら今も分かるけど、もうすっかり中身は忘れている。影響を受けたかとすると心もとない。
あと、苦しい時、悩んでいた時、瀬戸内寂聴さんのエッセイに救われたことが度々あった。今でも、寂聴さんの書くものは好きで、ファンである。彼女の言葉の底流には、不倫して、子どもを捨てて、という彼女自身の過去の罪の意識が常に潜在している。だからの出家だと思うし、欲を捨て、それからの輝きが心に響く。なにしろ目線が低くてエラそうでなく親しみが持てる。彼女が嫌いだ、という友人もいる。でも、昔、不倫という罪を犯し、人を傷つけた後ろめたさを一生背負ってゆく覚悟は見事である。だからこそ、優しさが浮き出て、慈愛が滲み出ているような気がする。彼女の言葉には人を救う力があるように思う。
というわけで、その時々で、感銘を受けたり、救われたり、共感したりする本は度々あるが、そのほとんどは今ではすっかり忘れているし、その程度のものだった。で、今ハマっているのは勢古浩爾の『定年バカ』。帯には「定年こそ青春というバカ、生きがい追求バカ、健康バカ、資産運用に走るバカ…」とある。だいたいが、孤独・引きこもりの何が悪いの? 生きがいや趣味が無くてそれが何か? みたいなテイストの本である。『定年後のリアル』『定年後7年目のリアル』なども書いており、面白かった。『定年バカ』の中では、シニアの健康・経済・生きがいにまつわる数多ある書を、建て前ばかりとばっさばっさと切ってゆく。内館牧子の『終わった人』もコケにし、おちょくっている。みんなあるべき姿に踊らされ、そうしないと悲惨な老後人生になると脅されている、と言う。我が身に照らしてちょっと耳の痛いところもあるが、痛快さも混在する。彼は、定年後、「何をしてもいいし、何もしなくてもいい」と繰り返し主張する。それを言ったら身も蓋もないと思うけど、一理あり、本質を突いていると思ったりもする本である。
 
小平陽一

             

『3人の訪問者』(藤村随筆集、『飯倉だより』所蔵)
 「私」のもとへ3人の訪問者が順を追って現れます。最初に現れるのが「冬」です。2番目にやってくるのは「貧」です。そして3番目に訪れるのが「老」なのです。これは「貧」より更に醜悪なものに感じられます。ところがそばに寄ってきた者の顔を注視すると、これまで「私」が思い描いていた姿は本当の「老」ではなく、単なる「委縮」に過ぎなかったことを理解するに至ります。ただこの客とのつき合いはまだ日が浅く、本性まではわからない。「老」の微笑というものがあるのを知ったにとどまっている。そして「どうかして私はこの客をよく知りたい。そして自分も本当に年を取りたいものだ。」と思うのです。「委縮」とは単なる衰えであるのに対し、「老」は輝く力を備えている。だからその実質を追求し、「私」も「本当に年を取りたい」と願うからでしょう。
 自分の老いはそれほど見えにくいものなのです。髪が薄くなったり、白くなったりして歯が欠け視力が衰えたとしても、それに気づいて嘆くのは「委縮」であって「老」ではない。肉体面の変化は自覚されても、それを受けとめるだけの精神の構えが備わなければ老いは結実しないのだ、とも言えましょう。この精神の構えが容易に整わないからこそ、老いが見えにくいのだと思われます。ここでいう精神の構えとは、単なる若さへの諦めや老いの拒絶からは決して生まれてこないものです。諦念や否定を越えたその先にある肯定への意志だけがこの構えを生みだしてくれるのです。老いを迎えるうえで最も大切なのは、このような強い意志ではないでしょうか。それを老いる意志と呼んでもいい。老いに突き入る決心をすることなしには、人はただ「委縮」の周囲を廻り続ける道から抜け出す手立てはありません。
藤村は短文『老年』(藤村随筆集)に「どうかして、ほんとうに年をとりたいものだと思う。十人の九人までは、年をとらないで萎れてしまう。その中の一人だけが僅かに真の老人に達し得るかとおもうと書き記しています。若い頃は何かにつけても「深く深く入って行くこと」を心がけそこに歓びを見出していたが、年を重ねて様々な人と交わっているうちに、今は「浅く浅く出ていくこと」の歓びを知るようになった、というのです。青年時代の探求には何事につけても深部まで垂直に掘り下げる傾向が顕著であるのに対し、年をとるにつれてむしろ水平方向に視野を展開する歓びを見出すに至ったと、受け取っていいでしょう。理想郷としの老年は、年齢の先方に漂うものではないのです。そこを目指す歩みは幾歳になってもつづけられねばならぬとしても、同時にそれが若い歳月の結果であるとの辛い自覚も忘れられてはなりません。
三橋建一


「道は開ける」 D・カーネギー
今振り返ってみると30代40代が一番悩み多い時代だったように思います。そんな時
「道は開ける」 D・カーネギー著に出会いました。
それ以来 この本を自分が疲れた時、悩んだ時に読みかえしてきました。
その中に 「今日だけは」という文章があります。
1. 今日だけは、幸福でいよう
2. 今日だけは 自分自身をその場に状況に順応させよう
3. 今日だけは 体に気をつけよう
4. 今日だけは 自分の精神を鍛えよう
5. 今日だけは 魂の訓練のために3つのことをしよう(親切)
6. 今日だけは 愛想よくしよう
7. 今日だけは 今日一日だけを生き抜くことにしよう
8. 今日だけは、一日の計画を立てよう
9. 今日だけは たった一人で静かにくつろぐ時間を30分持とう
10 今日だけは 恐れないようにしよう

オーバーではないのですが、「お先真っ暗」と感じた時、随分と救ってもらいました。

この中で今 力をもらっているのは4番です。

何か有益なことを学び取ろう。精神的な無精者になるまい。努力と思考と集中力を必要とするものを読もう。という箇所です。
                                                   
寺本眞子

                                     
著者名:茂木健一郎  
題 名:脳と創造性 「この私」というクオリアへ
出 版:PHP研究所

1・この本との出会い
現役時代に精神の病を患った大変優秀な社員を人事部より預かったことがキッカケで産業医と面談や本人との関わりの中で、どのように対応したら良いのか判らず、心理学や精神疾患関連の本を読んでいく中で出会った1冊です。
2・サマリー 
創造性の脱神話化、理論と直観、不確実性と感情、コミュニケーションと他者、感情のエコロジー、クオリア(qualia)と文脈、セレンディピティ(serendipity)等、以上のような切り口から、脳を単なる閉鎖系として扱うことなく、ダイナミックで予測不能なカオスとしての「生の現場」に切り込み、脳と創造性の秘密を探っていく内容で構成されており、特に印象に残っているのは以下のとおりである。
@創造性と人間の脳
脳は個性的で、いろいろな能力を持った人がいる。その中でサヴァンと呼ばれる人がいる。コミュニケーションが苦手だが、一つのことにかけては非常に集中して能力を発揮することができる。例えば一度読んだ本や情報は決して忘れない。アカデミー賞・脚本賞を受賞した映画レインマンのモデルとなったキム・ピーク氏は、そのようなサヴァンの人だ。優れた才能を持つサヴァンの人はコミュニケーションにかけては苦手という人が多い。サヴァンの人は自閉症(オーティズム)と呼ばれる脳の特徴を持っている。この自閉症は従来症=病気と考えられていたが、最近は脳の個性と考えられている。自閉症の人は、他人の心を読み取る能力(theory of mind)に欠けていて、ケンブリッジ大のS・P・コーエンらが研究している「心の理論」というものが苦手と云われている反面、一つのことに集中して物事を考えるという能力を持っている。このように個性というものは創造性と非常に深くかかわっていて、コミュニケーションが、心の理論が苦手だという欠点とも結びついている。従来の学校教育では全ての教科を満遍なくできる“秀才”が高く評価されてきたが、創造性を育むと云う視点からは個性を重視する教育が行われても良いではないかと云える。
A創造性発揮のための実践(セレンディピティ)
偶然の幸運に出会うことは、創造性を発揮する上で非常に大事なことである。全く予想もしないときに偶然の発見に出会うことが少なからずある。これがセレンディピティである。人間は、オープンでダイナミックなネットワークの中でのやり取りの中で、セレンディピティを受け取っている。決して創造性というものは一人の脳の中で完結するものではなく、他人とのコミュニケーションの中で情報をやり取りする中でそれが結びついて創造性に繋がっていく。この意味においてセレンディピティは創造性の本質でもある。セレンディピティを掴むための三つのポイント(3つのA)は、Action・Awareness・Acceptanceである。何も行動をしないで待っていたのではセレンディピティは訪れない。1番目は人に会ってみる、いろいろな場所に出向いてみる。この様なアクションを取ることでセレンディピティの元となる出会いもある。2番目は気づきである、いろいろな行動を取っても出会ってもそれに気づかなければならい。3番目は、受け入れること、受容すること。これは大変難しい。人間の脳には感情の回路があり、この回路は価値観を持っている。何が良いのか、悪いのか。しかし、セレンディピティで出会った新しい出来は全く価値観が分からない。従来の価値観とは全く逆のものかもしれない。そこで今までの価値観とは正反対であっても、その新しい価値観を受け入れることができるか否かで、結論は決定的に異なってくる。
行動すること、気づくこと、受容すること。この三つのサイクルを回すことで、セレンディピティを上手く活かせるか否かが決まる。
この本を読んで躁鬱病や自閉症などは心の病として捉えられていたが、脳との関係が大きいことが
判ってきたこと、そして脳は年をとっても新しい刺激を与えたりすることによりまた成長すること、
また創造性は人とのコミニュケションとの中で広がっていくなど、脳と心と行動の関係や人との繋が
りの大切さや多様な価値観の受容、共生等を本書から学び、その様な考えをベースに出来る範囲で今後の生き方や日常の行動の中に少しでも活かせていければと考えている。
3・上記以外にも検討した本
著者 立花 隆 「臨死体験」上・下  文芸春秋
著者 矢野 暢 「フローの文明、ストックの文明」PHP出版
(変貌する現代日本の新しい本質を「文明」という視点でとらえた本)
                                                                  
 小川文男


・題名: 「死ぬ瞬間
      〜死にゆく人々との対話」(ON DEATH AND DYING)
・著者: E・キューブラー・ロス (川口正吉訳)
・発行所: 読売新聞社

 社会福祉と北欧問題が、約40年間の私の記者生活の主要テーマであったと言える。その中でも特に印象深いのは、1970年代後半から取り組んだ末期がん患者をどう扱うかに始まるホスピス運動、死を看取る医学、鎮和医療・緩和ケアなどの欧米、国内での徹底取材であった。狙いは延命第一主義の現代病院医療に異を唱え、「死と医療の在り方」を国民一人ひとりが我がこととして真剣に考え、本人の意志で選び取っていくことを提唱、「人間的医療の復権」を目指す運動に火をつけたかな、との自負がある。あの樋口恵子大先輩は「まずお任せデスから自分のデスへ」とユーモラスに述べられていた。
 私の「最も影響を受けた書籍」こそ、その取材活動の中で手にした一冊である。
 自らが納得できる旅立ちのためには、最期の迎え方、死と死にゆく過程について具体的に知ることが必要であることは承知しているものの、多数の末期患者にそれを実践したデータは、見付けられなかった。世界中の医学・福祉関係者や研究者から切望されていたその時に、「死の心理学」に大きく寄与したこの本は実にタイミングよく登場したのである。専門家のみならず、私を含めた一般の人々にとっても、医療の在り方はもちろん人間の生き方を深く考えさせる内容だ。取材・執筆活動での活用はもちろん、10年前、末期の大腸がんで妻を喪った際の主治医との反論や議論・対処の仕方などに、どれほど役立ったか!

私にとっては、『孤老』生活で健康面や自立を心配しつつ生活している「人生100年時代」。後期高齢者になった今からこそ、本気で納得できる「終い支度」や臨終を見守ってやらねばならないために、従来以上に重要性を増してくる貴重な人生訓の“宝物”になるはずである。

 著者のロス博士は、執筆当時は米シカゴ大学付属病院団の精神医学コンサルテーションの部長補佐、かつシカゴ大学精神医学部助教授。彼女と病院牧師、医学生や看護スタッフならなるチームでインタビューした臨死患者は、何と二百人以上にも達した。
以下が、彼女らのインタビュー調査で明らかになった臨死患者の貴重な死と死にゆく過程・態度、最期の迎え方までの大ざっぱな報告である。
           
●前 段(死の恐怖)=破壊と死の恐怖の増大の中、宣告による強いショックを受ける。
●第一段階(否認)=病気をあえて否定しようとする否認の時期が現れる。  自己防衛、緩衝装置としての機序だという。
●第二段階(怒り)=否認と言う段階が維持できなくなると、見るもの全てが怒り、憤り、羨望や恨みなどの諸感情にとって代わる。
●第三段階(取り引き)=この段階はあまり知られておらず、期間も短いが、患者にとっては助けとなる。人々ないし神に対して何らかの申し出をし、何かしらの約束を結ぶことを思い付くだろう。取り引きである。それは殆ど常に延命の願望である。
●第四段階(抑うつ)=患者がもはや自分の病気を否認できなくなり、二度三度の手術あるいは入院加療を受けなければならなくなり、さらに兆候がいくつか現れ始め、あるいは衰弱が加わって来ると、もはや病気を微笑で片付けているわけにはいかなくなる。この人の感情喪失、泰然自若、あるいは憤怒などは、ほどなく大きなものを失くしたという喪失感にとって変えられる。
●第五段階(受容)=闘争は終わり、長い旅路の前の最後の休息の時が来た。もし患者に十分な時間があり、そして前述の幾つかの段階を通るのに若干の手助けが得られれば、かれは自分の“運命”について抑うつもなく怒りも覚えないある段階に達する。
以上のような段階を経て、患者は平和と威厳のうちに死を迎えるという―。
蛇足だが、私の納得できる「終い支度」は終末期の臨死状態での自らの意志、
希望をしっかりと確立し、家族や主治医、周囲へも遺言に残す。望みが可能ならば、自宅で大好物の野田岩の鰻重に、静岡は焼津の銘酒・磯自慢の杯を傾けながらだが・・・。
                      
 皆川靭一   

posted by ライフプロデュース研事務担当 at 12:12| Comment(0) | 日記

第5回「ライフプロデュース」研究会 「人生で影響を受けた一冊」〜その1〜 山本恵子さんお勧め 茨木のり子

第5回「ライフプロデュース」研究会 開催のご報告(その1)    
中村昌子

 9月21日 18:00〜21:00 内幸町 日本プレスセンター内、日本記者クラブ9階ラウンジにて、第5回「ライフプロデュース」研究会 開催いたしました。今回は、メンバーの山本恵子さんご提案の「人生で影響を受けた一冊」がテーマでした。山本恵子さんは、団塊世代であられ、金融機関に勤務後、社会保険労務士・FPとして公的機関・金融機関・企業のセミナー講師を務めておられ、現在に至ります。今回、茨木のり子さんの詩集から2篇紹介されました。

「倚(よ)りかからず) ※ 茨城のり子 73歳の作品

もはや
できあいの思想には倚りかかりたくない
もはや
できあいの宗教には倚りかかりたくない
もはや
できあいの学問には倚りかかりたくない
もはや
いかなる権威にも倚りかかりたくはない
ながく生きて
心底学んだのはそれぐらい
じぶんの耳目
じぶんの二本足のみで立っていて
なに不都合のことやある
倚りかかるとすれば
それは
椅子の背もたれだけ

「自分の感受性くらい」

ぱさぱさに乾いてゆく心を
ひとのせいにはするな
みずから水やりを怠っておいて

気難しくなってきたのを
友人のせいにはするな
しなやかさを失ったのはどちらなのか

苛立つのを
近親のせいにはするな
なにもかも下手だったのはわたくし

初心消えかかるのを
暮らしのせいにはするな
そもそもが ひよわな志しにすぎなかった

駄目なことの一切を
時代のせいにはするな
わずかに光る尊厳の放棄
自分の感受性くらい
自分で守れ
ばかものよ

そして.....山本さんが、この研究会の運営の理想の在り方に求めるヒントとして、茨木のり子さんのエッセイをご紹介されました。

清談について

清談をしたくおもいます
物価 税金のはなし おことわり
人の悪口 噂もいや
我が子の報告 逐一もごかんべん
芸術づいた気障なのも やだし
受け売りの政談は ふるふるお助け!

日常の暮らしからは すっぱり切れて
ふわり漂うはなし
生きることのおもしろさ おかしさ
哀しさ くだらなさ ひょいと料理して
たべさせてくれる腕ききのコックはいませんか

女に限り 年齢を問わず 報酬なし
当方四十歳(とし やや サバをよんでいる)
私もうまくできないので憧れるのです
求む 清談の相手

茨木のり子展.jpg

果たして、「ライフプロデュース」研究会の面々は、山本さんにとって≪清談の妙手≫となり得るのでしょうか......。この秋、茨木のり子さんの作品を集中して読みたくなりました。

引き続き、「人生で影響を受けた一冊」は〜その2〜にて、他の皆様の「人生で影響を受けた一冊」をご紹介していきます。

尚、今回は、シニア社会学会会長の袖井孝子先生もご多忙の中、参加してくださいました。袖井先生ありがとうございました。袖井先生のお好きな、茨木のり子さんの詩は「わたしが一番きれいだったとき 」だそうです。※(茨木さんは15歳で日米開戦を、19歳で終戦をむかえたとのことです。)↓

わたしが一番きれいだったとき
街々はがらがらと崩れていって
とんでもないところから
青空なんかが見えたりした

わたしが一番きれいだったとき
まわりの人達が沢山死んだ
工場で 海で 名もない島で
わたしはおしゃれのきっかけを落としてしまった

わたしが一番きれいだったとき
誰もやさしい贈り物を捧げてはくれなかった
男たちは挙手の礼しか知らなくて
きれいな眼差だけを残し皆(みな)発っていった

わたしが一番きれいだったとき
わたしの頭はからっぽで
わたしの心はかたくなで
手足ばかりが栗色に光った

わたしが一番きれいだったとき
わたしの国は戦争で負けた
そんな馬鹿なことってあるものか
ブラウスの腕をまくり卑屈な町をのし歩いた

わたしが一番きれいだったとき
ラジオからはジャズが溢れた
禁煙を破ったときのようにくらくらしながら
わたしは異国の甘い音楽をむさぼった

わたしが一番きれいだったとき
わたしはとてもふしあわせ
わたしはとてもとんちんかん
わたしはめっぽうさびしかった

だから決めた できれば長生きすることに
年とってから凄く美しい絵を描いた
フランスのルオー爺さんのように ね

茨木のり子.jpg
※ 茨木のり子さんの写真×2 2014年4月19日(土〜6月29日(日)世田谷文学館で開催された【茨木のり子展】から引用。




袖井孝子先生のブログサイトはこちらから↓







posted by ライフプロデュース研事務担当 at 10:54| Comment(0) | 日記