2019年03月24日

第10回「ライフプロデュース」研究会、開催しました。

3月22日、第10回「ライフプロデュース」研究会開催しました。
今回は、帚木蓬生著「ネガティブ・ケイパビリティ」答えの出ない事態に耐える力 の読書会でした。
◇著者略歴
帚木蓬生(ははきぎほうせい)
1947年、福岡県生まれ。作家、精神科医。ペンネームは、『源氏物語』五十四帖の巻名「帚木(ははきぎ)」と「蓬生(よもぎう)」から。 本名、森山 成彬(もりやま なりあきら)。1947(昭和22)年、福岡県生れ。東京大学仏文科卒業後、TBSに勤務。2年で退職し、九州大学医学部に学ぶ。2018年1月現在は精神科医。1993(平成5)年『三たびの海峡』で吉川英治文学新人賞、1995年『閉鎖病棟』で山本周五郎賞、1997年『逃亡』で柴田錬三郎賞、2010年『水神』で新田次郎文学賞、2011年『ソルハ』で小学館児童出版文化賞、2012年『蠅の帝国』『蛍の航跡』の2部作で日本医療小説大賞、2013年『日御子』で歴史時代作家クラブ賞作品賞をそれぞれ受賞。『国銅』『風花病棟』『天に星 地に花』『受難』『守教』といった小説のほか、新書、選書、児童書などにも多くの著作がある。


ネガティブ・ケイパビリティ(negative capability)。
「どうにも答えの出ない、どうにも対処しようのない事態に耐える能力」を指す。世間では一般に、問題の解決を急ぐあまり、既存の理論や考えによって、すぐに答えを出そうとするが、そうした態度から一歩引いて、「性急に証明や理由を求めずに、不確実さや不思議さ、懐疑の中にいることができる能力」を意味するとある。今回の読書会では、以下についてご準備いただきました。
1.過去にご自身の体験を振り返り、家族関係、職場で、対人関係などでの具体例を一人一件ずつご紹介ください。
  @ネガティブ・ケイパビリティ(negative capability)を発揮すべきだった事例。
  Aネガティブ・ケイパビリティ(negative capability)を発揮した結果、〜になった事例。
2.第1章から第10章までの1つの章を選んで私見を述べてください。
帚木蓬生 ネガティヴ ケイパビリティ.JPG

今回の参加者は5名と少なかったのですが、食事を挟んで会場が閉まるギリギリまで活発な意見交換がされました。第10章「寛容とネガティブ・ケイパビリティ」でトランプ大統領と現代のヒューマニスト・メルケル首相の対比について活発な意見が交わされたタイミングでタイムアウトになってしまったことがとても残念でした。寛容の精神を歴史的に遡っていくと、ルネッサンス期のヒューマニストに行きつく(P203)エラスムス、マルチン・ルター、ラブレー、モンテーニュ....耳覚えのある名前ですが...。正に、学べば学ぶほど未知の世界が広がっていきますね。

以下、順不同

J.M

「ネガティブ・ケイパビリティ〜答えの出ない事態に耐える力」(帚木 蓬生著)
を読み、一つの章について私見を述べよ          

 私が選んだのは、第六章「希望する脳と伝統治療師」である。
さて、そもそも私たちの脳は生来的に、物事をポジティブに考えるようにできているという。米国の調査では、「あなたは百歳以上生きるだろうか」との質問に対して、一割の人が「イエス」と答えたそうだが、実際に百歳まで生きる率は、わずか0.02%なのだ。ヒトが何十万年にもわたって生き延びるうちに、脳がそういう方向に進化したと考えられる。生存のためには、悲観的に考えるより、楽観的に考える方=明るい未来を想像することで、ヒトは困難を生き延びて来たのだというが、著者によるとそんな楽観的希望の効用は、医学的にも証明されているという。これには驚かされる。
例えば、放浪の画家山下清(1922―1971)は精神医学的に診断すれば、知的障害と自閉症スペクトラム障害、そしてサヴァン症候群を併せ持っていた。3年間の放浪の末、彼が放浪中に見た風景の貼り絵は、プロの画家さえも脱帽する芸術作品になっている。彼の才能を育んだのは、彼が生活した八幡学園の療育理念と、周囲の温かい共感とネガティブ・ケイパビリティではなかったかと言われている。そんな環境の中では、障害のある脳も希望を持ち、世にまたとない作品を遺したとの著者の説には、私も素直にうなずける。
この希望する脳を最大限に利用して、ネガティブ・ケイパビリティを発揮しているのが伝統治療師、占い師らのメディシンマンである。現代の精神科医は薬の効き方については良く知っているが、患者の扱い方に関してはメディシンマン以下である、と。例えば、彼らが繰り返す技法を見直すと、現代のあらゆる精神療法に共通する、治療者としてのあるべき基本的態度が浮かび出てくると断言。例えば、病人の肉親や友人に対して、遠い山の薬草を採りに行かせる手法で、重要なのは薬草そのものの効果ではなく、家族らが病人のために危険を冒して長旅をし、薬草と共に戻って来るまで患者はずっと自分を鼓舞して希望を持ち、期待が大きければ、その薬草の効果が大したことなくても、効いた感じがして一過性に元気になる可能性もある。うまくいけば、その間に病が峠を越し、自然治癒力によって快方に向かうかもしれない。
この原初的な治療の場に働いている要素は、わが国でも古くから言われている時間稼ぎともいえる「日薬」と、メディシンマンが病人の苦しみから眼を離さずに見守り、あなたの奮闘ぶりもよく知っているという「目薬」だ。病人も家族も安堵を覚える双方とも、見事なネガティブ・ケイパビリティの力の発揮である。
私にも大いに共感・賛同できる「第六章」であった。

T.W


● 第5章 『身の上相談とネガティブ・ケイパビリティ』
今から8年ほど前、定年退職と同時に、キャリアカウンセラー(今は呼称をコンサルタントに統一)の養成学校へ通っている時の話で、3か月連続授業がほぼ9割がた終りかけた頃に先生との個別面談があり、その場で先生より、「Wさんはこのカウンセラーという仕事には向いていないかも知れませんね?」と切り出され、私は最初「3か月毎日真面目に勉強してきたのに、先生は今更何を仰るのかな?」とビックリ!!
 その理由を聞いてまあ納得したのですが、その理由とは2つありまして、1つは(そのまま引用で恐縮ですが)「Wさんを3か月ずっと見てきて感じたことを正直に言うと、性格的には面倒見がいいというか、多少お節介な面もあったりでそれ自体は決して悪いことではないんですが、いざカウンセリングとなると時にその性格が災いして、相談者の気持ちに入り過ぎたり、その悩みを一緒に背負ってしまうこともあるかも?最悪のケースは、Wさん自身が夜も寝られなくなるほど悩んだり、精神的に病んでしまう可能性も考えられる。実際、私はそういった不幸な事例をいくつか見てきているんです。あと一つは、これは企業で管理職を経験してきた人に時々見られる傾向ですが、相談者の問題解決を急ぎ過ぎたり、自分の過去の経験談とか成功事例などを振りかざして、上から目線でアドバイスとか指導をしたり、はたまた説教までしてしまう傾向の人がいるが、Wさんも多少その傾向がみられるように感じている。相談者はそんな態度を少しでも感じた時点で、もうそれ以上は本音で悩みを打ち明けようとはしないでしょうし、場合によってはカウンセリングを拒否するかも?」
「私は別に、後輩とか部下に対してアドバイスとか説教とかをすることを否定するつもりはないですが、それはまた別の場所でやって頂くということで、授業で何度も言った通り、あくまでカウンセリングとは、けっして問題解決を急いではならないし、カウンセラーとは相談者の鏡のような存在(自分を客観的に見られる、自問自答できる)であり、基本的には傾聴と共感に徹することが原則で、あくまで相談者自身が自分の悩みの本質に気付くまでは根気よく寄り添うことが使命であり、その先に相談者自らが解決策、解決方法を見出すまではけっして解決のためのアドバイスとか指導をしたりしてはいけない。」
と言われたことを思い出し、その理由を聞けば、「先生はけっして私がカウンセラーとして適性がないということを告げることが本意ではなく、それだけの覚悟がありますか?と試されたと思いますし、いわゆる愛のムチだったように受け止めた記憶があります。
この時は、ネガティブ・ケイパビリティという概念は知りませんでしたが、今振り返るとまさにこの「カウンセリング」という行為と言いますか、カウンセラーとして求められる能力こそネガティブ・ケイパビリティだったのかなと受け止めた次第です。
以上



Y.K

「ネガティブ・ケイパビリティ〜答えの出ない事態に耐える力」(帚木蓬生著)を読んで

この本の内容は、いちいち腑に落ちる。顧みれば、「答えの出ない事態」というのは我々の回りにあまた存在する。そして、それらは我々に苛立ちともどかしさと不安定を与える。それに耐えることは、答の出ない事態をそのまま受け入れることに通じる。つまり、答を出さないまま“受容”するということだ。
我々はそれに耐え切れず、つい分かりやすい答えに飛びついてしまう。あるいは、面倒なことを切り捨てて一面的な決めつけ(答え)を出してしまう。それは、物事の単純化であり、曖昧さや複雑さの受け入れからの逃避である。そのことによって、我々は不安定さから逃れ、事態を正面から取り組むことを止めてしまう。それは、得てして危険な結果を招くことにも結び付くように思う。
考えてみれば、我々が受けてきた教育というものは、ほとんどが答えありきだったように思える。〇か✕か、白か黒か。本当は濃淡のあるグレーがあったり、△や□があったりするはずなのに。
私事、振り返ってみると、化学の教師から家庭科にシフトチェンジした経歴がある。そこでの大きな戸惑いと発見は、化学には答えが必ずあった、いや、それが付きものだったものが、家庭科では必ずしもあるとは限らない、いや、あることの方が少ない世界だったことである。化学の時は、生徒の学業評価は簡単だった。正解不正解を合算して単純に点数で切ればよかったからだ。しかし、家庭科で評価をつけることは至難であった。いや、評価をすることで苦しんだ。〇×では割り切れないからだ。家庭科は人の生き方を考える教科と捉えていた。いわば生活の哲学だ! 人の生き方に正解などあろうはずはない。いやむしろ、それぞれが、自分の正解を求める教科だと考えた。つまり、ある人にとっては正解でも、他の人にとっては不正解だったりもする。答は、たくさんあるのだ。
もう少し範囲を広げて考えてみたい。そもそも、欧米文化を背景とした近代科学は、複雑系の自然を成分や要素に分解して単純化をはかり、それを再構築して事象を説明してきた。一見、そこには簡明さがあり、〇×の世界で効率がよく、それを応用することで我々に便利さと生産効率をもたらした。しかし、そこには大きな欠陥があった。成分同士の相互作用、または曖昧さや複雑系を切り捨てていた。時にはそれは、平和を破壊し、戦争や公害、原発事故のような惨事にも繋がって来る。
日本の近代化の過程において、我々は、急速に西洋文化を取り入れて、いまやそれにどっぷりと浸かっているように見える。その過程で、見失ってきたのは東洋的曖昧さや、和の調和性ではないだろうか? 卑近な例を挙げれば、論理性や対処療法を得意とする西洋医学に対して、経験や演繹に基づく東洋医学。前者は、悪い所は切ったり、薬物で制圧したりするのに対し、後者は、漢方や薬膳などのように自らの免疫力を利用する総合的なやり方で、ネガティブ・ケイパビリティは後者に近いのではないだろうか?
ネガティブ・ケイパビリティの世界に近いものを列挙してみると、感性、寛容、共感、感じる力、感覚、あいまいさ、複雑系、柔軟性、適当、ほぼほぼ、受容、共生…。僕はこちらの世界の方が居心地がいい。

第31号 飯能近田舎通信 (2).pdf


Y.N

ネガティブ・ケイパビリティ(negative capability)。あまり耳慣れない言葉だが、どうにも答えの出ない、どうにも対処しようのない事態に耐える能力」「どうにも答えの出ない、どうにも対処しようのない事態に耐える能力」を指す。世間では一般に、問題の解決を急ぐあまり、既存の理論や考えによって、すぐに答えを出そうとするが、そうした態度から一歩引いて、「性急に証明や理由を求めずに、不確実さや不思議さ、懐疑の中にいることができる能力」を意味する。

人生振り返ると,小学校6年間と中学校3年間の計9年間が、最初に、ネガティブ・ケイパビリティ(negative capability)を発揮できた、いや否応なしに発揮せざるを得ない期間だったかも知れない。
4人きょうだい末っ子の私は、姉兄たちの通っていた茨城大学教育学部付属小学校に合格できず地元の市立小学校に通い、中学校は自分の意思で受験せずにそのまま地元市立中学校に進んだ。この9年間、上のきょうだい3人が夕食時などに、友人とそのきょうだいたちの情報を共有する会話に参加できず、両親が家業再建に忙しかった時期も相重なって、子どもながらきょうだいの中で大きな疎外感や孤独感を感じていたと記憶する。その一方で、地元の市立小学校では、複数の生活困窮者家庭や、両親が全盲だったり、父親が便所の汲み取り屋さんで虐められている子がいたりと、きょうだいたちが通う同質性傾向大の付属小中学校と比べ、世の中には多様な家庭環境があることを子どもながら感じ、この著書でいうところの共感力:empathyが自然に醸成された気がする。当時の私は、家庭では疎外感を感じ、学校では、天真爛漫にクラスメートと心底打ち解けられず、言わば、境界線に立ちすくむ「マージナル・マン」というか、宙ぶらりんのまま揺れ動く、少し変わった子どもだったかも知れない。が、この自分の存在の違和感について、辛いと感じつつ、「性急に証明や理由を求めずに、不確実さや不思議さ、懐疑の中に居心地悪くても居続けざるを得なかった状況」がその後、人生の様々なシチュエーションで、「宙ぶらりん」の状況や立場になっても、何とかふんばり続けられる力の原点だったような気がする。あれから50年の歳月が経った現在、「公立小学校」の教壇に立っている私に、7歳から15歳当時の私は何て声をかけるだろうか。巡り巡って人生はだ・か・ら面白い。

 第9章「教育とネガティブ・ケイパビリティ」の一節、「学べば学ぶほど未知の世界が広がっていく。学習すればするほど、その道がどこまでも続いていることが分かる。あれが峠だと思って坂を登りつめても、またその後ろに、もう一つの高い山が見える。そこで登るのをやめてもいいのですが、見たからにはあの峰に辿り着いて見たい。それが人の心の常であり、学びの力でしょう。つまり、答えの出ない問題を探し続ける挑戦こそが教育の真髄でしょう。」(P192) 「学習と言えば、学校の課題、塾の課題をこなすことだと早合点してしまいがちです。世の中にはもっと他に学ぶべきものがあるのに、親はそれを子どもに伝えるのさえも忘れてしまいます。」(P192) 「問題設定が可能で、回答がすぐ出るような事柄は、人生ほんの一部でしょう。残りの大部分は、わけが分からないまま、興味や尊敬の念を抱いて、生涯かけて何かを摘み取るのです。それまでは耐え続けなければならないのです。」(P193) 正に共感する一節だ。ふと、レイチェル・カーソン(海洋生物学者)が著した『センス・オブ・ワンダーを探して』(大和書房 2011年)が脳裏に浮かんだ。「センス・オブ・ワンダー」は直訳すると、ワンダーする気持ち 自然の美しさ・精妙さに打たれる気持ちを大切にしよう!だ。子ども時代に育んだ、神秘さや不思議さに目を見張る感性がその人をずっと支え続ける。知ることは感じることの半分も重要では無く、“It is not half so important to know as to feel.”― Rachel Carson 子供時代は、その感じることの土壌を耕す時代である。神秘さや不思議さに目を見張る感性を育み分かち合うには子供時代が一番なのだろう。この章の最後は、スクールカウンセラーの臨床心理士から届いた手紙を紹介し、子供たちにも、問題解決能力(ポジティブ・ケイパビリティ)だけでなく、この「どうしても解決しないときにも持ちこたえていくことが出来る能力(ネガティブ・ケイパビリティ)を培ってやる」という視点も重要だと結んでいる。

 以上、とりとめもなく綴ったが、この本は、全体的に難解であったが、自分の半生と照らし合わせつつ共感できる章について紐解くと、なかなか読み応えがある著書だった。

F.O

1・この本を読んでの感想・私見
  全章から成る程と思える記述が沢山ありましたが、特に第4章の「ネガティブ・ケイパビリティと医療」についてはいろいろと示唆に富んだ内容であった。医学教育で重視されるのは「ポジティブ・ケイパビリティ」で診療録の記録もSOAP「Sはsubjectで患者の主観的な言動や症状、OはObjectで検査で得た客観的なデータ、AはassesmentでSとOとの判断評価、PはPlanで解決のための計画、治療方針を言う」が当たり前となっているが、例えばターミナル医療では上記の考えでは対応できないことが多々あり、こういった場合、人間は誰も見ていないとところでは苦しみは耐えられないものであり、共感とホールディング(抱える)、(英国の小児科医ウイニコットの概念)今生じていることを手を加えずに持ちこたえることであり、またヒューマニティは医療のホルモンである(カナダの医師ウイリアム・オスラー)など含蓄のある言葉であり、また一人一人、顔や形が違うように個人差もあり千差万別であり傾向性はデータで把握できるが、マニアルやSOAPだけでは解決できないことが多くあるとの考えに、この近代科学の目覚ましい進歩でIPS細胞から殆どの細胞が出来る今日でも、人の心、精神の問題解決にはある意味で永遠のテーマであることにほっとした思いと同時に、実に人間は繊細で不思議な生き物であるのかをこの本を読んで改めて認識させられた。

2・ネガティブ・ケイパビリティ(negative capability)を発揮した結果、〜なった事例。
 私が現役時代に人事より2人預かってくれないかと言われ、1人は40代前半、もう1人は30代後半で、2人に共通しているのは同期の中でもトップクラスで学生時代から挫折を知らないで今迄過ごしてきていた。1人は課長、もう一人はマネジャーとなって間もなく心の病・精神疾患(躁鬱病と適応障害)を発症、1人は休職して少し出社してはまた休職という状態が続いていた。もう1人は休職までにはならないもの、出社はするもののパソコンの前でフリーズ状態、産業医や専門医に通院するも一考に改善は見られない状況が1年程続いた。私はこのような精神疾患を患った人との対処の仕方や知識が無かったので、はじめはどう対応して良いのか分からず、産業医に個別に相談していろいろ実行してみたもののどうもうまくいかず、奥さんとも面談して会社以外の行動などを聞いりした。また部員にはその状況を話し、情報などは全て共有するようにして仕事も期限のない資料調査などをやってもらうように長い目で対応するようにした。その間、症状が悪化して周りとトラブルになったりしたこともあったが、元々は優秀なので資料の出来栄えも良く、「いい資料だね、また頼むよ」といった調子で自然な形で接していくうちに次第に自信を取り戻し始めると、コミュニュケーションも円滑になり、負のスパイラルから徐々に元の状態近くまでに回復し、別の部門でまた活躍するようにまでになった。当時はネガティブ・ケイパビリティの言葉や概念さえもなく、今に思えば性急に結果を求めず、長いスパンで捉え、その立場になって共に考える信頼関係・共感が少しは良い影響をもたらしたのではないかと、この本を読んで改めて感じた次第である。最近、引き籠りや発達障害など心の問題を抱える大人が増えてきており、ネガティブ・ケイパビリティの共感・寛容のこころで対応・接していきたいものである。

次回、第11回 「ライフプロデュース」研究会 月例会
4月26日(金) 18:00〜21:00
場所:内幸町 日本プレスセンタービルディング 9F 日本記者クラブ ラウンジです。
テーマ:「地域に密着した活動で、後継者を育てる術」

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写真:旧大洗岬灯台(大洗灯柱・磯浜灯柱)のてっぺんで羽を休める一羽のカモメ (2019/03/13 撮影:中村昌子)
posted by ライフプロデュース研事務担当 at 09:42| Comment(0) | ブログ