2021年03月27日

かわたれ時代の幕開け

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かわたれ時代の到来


シニア社会学会副会長 浜さん 


「活き活きと輝く素敵な80代シリーズ」、第3弾は、シニア社会学会副会長、濱口晴彦さん(はまぐち はるひこさん)です。今回、唐突なお願いにも関わらず、取材を快諾してくださり、質問にメールにて丁寧にお答えいただきました。アバター名は「浜さん」と決まりました。(以下 浜さん)

濱口先生.jpg

◇プロフィール◇
1933年石川県生まれ
早稲田大学文学部(社会学専攻)卒業 早稲田大学名誉教授、文学博士
元早稲田大学学生部長、人間科学部長、競走部長を歴任
一般社団法人 シニア社会学会理事・副会長 日本文化社会学会名誉会長
大磯コミュニティカレッジ学長
シニア社会学会「シニア社会のリテラシー研究会」座長

浜さんのおっしゃることは時に難解です。今回の取材に際しても「トリレンマ、弁証法、アンガージュマン、かわたれ、奇貨、誰何、デモシカ先生...」、読めなくて「例:跋扈、転轍手」途方に暮れることもありました。が、難解な文の文脈から、浜さんのパッション、あたたかな優しい眼差し、ノスタルジックな懐かしさが伝わってくるために、読み手として、読解するぞ!という意欲と向学心がむくむくと湧いてくるから不思議です。
丁度3年前、「ライフプロデュース」研究会の「発足記念シンポジウム」の後の懇親会で、「君たちは、シニア社会学会の7つの研究会<北斗七星の一つの星>、かけがえのない存在なのだから頑張りなさい。」と声をかけてくださった、当時のことを思い出すと、今でも感謝の気持ちで一杯になります。そんなお優しい浜さん、以下、お尋ねした質問について、メールのやりとりにてお答えいただいた回答をご紹介いたします。

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Hana :このブログでは、皆さんに、本名ではなく、アバター名で登場していただいておりますが、何て呼ばせて戴いたら良いでしょうか。

浜さん:高校と大学時代は浜口か浜口君、大学院時代は“浜さん”と苗字を簡略化した愛称で仲間から呼ばれていたので、”浜さん”ですかね。

Hana : 終戦時、濱口少年の目から見た、感じた、記憶にある、敗戦時の記憶や脳裏に刻まれた思い出のシーンなどございましたら、お聞かせください。そして、その幼少期の体験が、その後の研究者としてのご自身にどのような影響を与え続けてきたのか、踏み込み過ぎた質問かもしれませんが、お話しできる範囲で構いませんのでご紹介ください。

浜さん 15歳は心身ともに私の豹変の年でした。今日では想像できないほど等しく貧しさがいきわたっていた社会を経験して、2,3年で朝鮮戦争特需があり、再び格差が表面化し、IT成金ならぬ闇成金があちこちで跋扈していた時代、しかも「大将、もうかりまっか」(大将とは相手を持ち上げる言い方)のあいさつが日常的に通用していた大阪の空気を吸って育ったという感覚があります。
虚弱な少年は1945年8月15日の終戦の日は、石川県門前町(現輪島市)の母親の実家に疎開していて、近所の人たちと一緒に天皇の肉声で終戦の詔を聞いていました。意味内容はよくわからず、むしろ神と思い込まされていた天皇の一種独特な抑揚の肉声に異様な感覚をおぼえた記憶が今なお残っていて、時代感覚の節目になっています。
生まれ故郷の門前町に疎開以前は、1944年9月の全国一斉の都市部の学童疎開で、大阪市東区船場から滋賀県甲賀郡岩根村という甲賀忍者の郷へ学童疎開し、親恋しさで枕を濡らしたこと、空腹でサツマイモ畑の収穫後の畑でクズイモ拾い、大阪市がB29の焼夷弾絨毯爆撃で滋賀県からっさえ夜空が赤く染まっているのを見ていたこと、そして母親たちが焼きだされたこと、縁故疎開に切り替え石川県へ行くため大阪で過ごしている間、空襲で飛来したB29に日本の戦闘機が体当たりを試みる様子を見たり、日本軍の高射砲がB29の飛行高度に届かず炸裂する様子を見ていました。
そして終戦。1946年一面焼け野原の大阪へ戻ると、梅田(大阪駅)から大阪城が見えるほど障害物の建物が焼き尽くされ、占領軍のアメリカ兵が2人か3人連れでカービン銃を担いでさっそうと歩いているのに格好よさを感じていました。
新学制の中学生になり、担任の文字通り「デモシカ先生」(先生しか先生でもの短縮形で揶揄する言い方)だった田所博先生からうけた生き方の影響と、仲良し仲間から受けた感化は、石川啄木の
こずかたの お城の草に寝ころびて 空にすわれし 15のこころ
そのものでした。高校時代の前半は朝鮮戦争反対運動できわどい瀬戸際に立っていたけれど、いつしか受験勉強に移行。卒業後、大学に入るため東京に出てきて大学生の時「どうして社会は僕の真面目な意見、正論を受け入れてくれないのだろうか」と思う自己中心的な青年期にたちいっていました。
 大学の構内は演説する者、議論をする者、アコーディオンを奏でる者、デモをする者などいつも沸き立つような雰囲気がありました。わたしは中学時代の先生の影響で日本民主主義協会の早大支部に所属し、後にシニア社会学会創立のプロモーターで初代事務局長の守永英輔さんとはこのクラブで面識がありましたが、彼の生前にお互いにこのことを話し合ったことはなかったように思います。この協会は略称民科と言い、その頃の協会長は立命館大学総長で法学者の末川博先生で、今日の日本学術会議創立に大きく寄与しましたが、今日では民科法律部会のみが名称を継承しています。今回任命拒否された6人のうちに民科所属の人が含まれています。
 いわゆるこのクラブ活動の一環で、『資本論』の研究読書会があり、この本の冒頭の言葉、
  
資本主義的生産様式が支配している諸社会の富は、「商品の巨大な集まり」として現れ、個々の商品はその富の要素形態として現れる。それゆえ、われわれの研究は商品の分析から始まる。

という社会分析へ誘う言葉に誘われて、大学院へ進学を決めてしまいました。旧師田所博先生の見えざる手の作用でしょう。
日本人は総じて青春期が長いと言われていますが、私の場合あてはまるようで、20頃になってもまだ母親へ頼る、あるいは何か困ったことがあると母親が前面出でてきて処理してくれるという万能感を持っていました。一人前の青年のような気構えで振る舞っていましたが、父が5歳の時死去して、小学校を5度転校し、そのつど母親が担任の先生に「この子は体が弱いので、あまり勉強勉強と言わないでください」と言っていたのを横で聞いていて、虚弱な、鉄棒の逆上がりもできない小学生が、全国健康優良児に選ばれた姉が女子師範時代の18歳で肋膜で早世しているのに、予想に反してこの歳になり、インタビューに応じているのです。いつも不思議に思っていることのひとつです。

Hana :浜さんが設立された「大磯コミュニティカレッジ」の「設立趣意書」の中で、「生活の現場近くで、空き時間を活用して教室方式や少人数の演習方式などを駆使し、情報社会に対応しうる知識とそれらにもとづく考え方を共に学び合おう、知は力なり。」と記されておられますが、この「生活の現場近く」「少人数の演習方式」というのは、Withコロナ時代は非常に大切なキーワードと感じており、今後、後に続く世代が、生活拠点である地元で、互いの連携を深める参考になります。「大磯コミュニティカレッジ」での試みが、地域コミュニティ活動を活性化するうえで大切なポイントを教えていただきたいのですが。

浜さん コミュニティは知識の多様な宝庫です。私は地元で大磯コミュニティカレッジを立ち上げ月一度の公開講座を主宰しています。その講義を担当していただく講師を地元を中心にお願いして出講いただく方針で今も展開していますが、これがなかなか難しいですね。予想外のこと、計算違いでしたが、この計算違いは地元のサポーターが幾人も手を挙げてくれて、講座の継続性を担保していただいていることで埋め合わせができているのが、うれしい予想外です。ということから、コミュニティの耕し方を工夫してダイバシティを追求することが、コミュニティ活性化につながるという理屈なのです。いまでは、カレッジは地域社会のアクセサリー的存在になっているようです。

Hana :同じく、浜さんの「シニア社会学会のフロンティア」〜研究会活動の尚、一層の活性化へ向けて〜の鼎談資料の文章の中で、「グローバリゼーション・国民国家・民主主義という政治学的トリレンマ」と、「成熟社会・高齢化・社会的格差という社会学的トリレンマ」、特に「成熟社会を脅かしている社会学的ジレンマの存在」について強調されているなかでは、「研究会活動が期待される」と述べておられ、勇気づけられました。「社会学的トリレンマ」の中で私たちが心掛けなければならないことについて、このブログの一般の読者のみなさんにわかりやすくお話いただけるとありがたいのですが。

浜さん:最近聞か なくなった言葉に弁証法という言葉があります。弁証法という言葉は矛盾という言葉とセットになっています。液体の水は100度で水蒸気になり、零度で固体になるという変化を弁証法的変化あるいは否定の否定は肯定ともいうのですが、水、水蒸気、個体というそれぞれの質的違い、つまり液体から固体、個体が変化して水蒸気となる否定を媒介に肯定しているなるわけで、それぞれは異質なもの同士ですから矛盾関係にあってつながっている。社会が成熟するにつれて寿命が伸び,高齢社会になる。寿命が伸び高齢社会になると社会的な格差が広がるという矛盾関係―成熟社会が社会的な格差を広げるという矛盾関係のどこに問題があるのかを考える契機を与えているという理屈なのです。この論理を説明する思考方法を社会学的トリレンマという捉え方、あるいは見方は弁証法的だと言えるでしょう。

Hana :浜さんがシニア社会学会「シニア社会のリテラシー研究会」の皆さまと、濱口研究会の集大成として纏められた、編著「コミュニティ学のススメ」では「ところ定まり、こころ定まる」=「エイジングインプレイス」、「コミュニティ・パッチワーク」、「コメニティからブレンドコミュニティへ」など、一般人でもイメージが湧きやすいキャッチが使われており、with コロナ時代にも益々有効だと思います。「with コロナ時代のコミュニティの在り方」について、どんな切り口でも構いませんので、先生のご意見をお伺いしたいのですが。

浜さん: コミュニティの本領は所定まれば心定まるところにあります。そのコミュニティがコロナ禍で、隣の人が咳をすると、それだけで人と人の距離関係を意識します。この意識関係は心定まらない否定的な意識関係ですね。お互いが咳という信号で個体保護、防護の関係にはいつているわけで、当然と言えば当然のことでしょう。これを奇貨として、あるいは災いを転じて福となす弁証法的転換を考えたのが「かわたれ時代」という考え方です。「かわたれ時代の到来―コロナ禍を奇貨とする人間賛歌」という短い文章を書いたことがあります(シニアリテラシー研究会、“つぶやき“欄投稿3月7日)が、弁証法的転換で人間関係を捉えると、相手を意識的に把握して、自己形成に組み込もうという考え方です。かわたれとは金星のことで、足元が暗くおぼつかない時、あなたは誰ですかと誰何(すいか)することを、その昔彼は誰かが短縮されてかわたれ時には金星が輝いてよく見えるようになるのですが、金星は方向を見定めるのに不可欠の星ですね。方向を見定める金星のような不動の意識を持つことができるとすればどうなるかという話なのです。関心がおありなら、参照してください。(添付資料参照)
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コミュニティ学のススメ 濱口晴彦 日本地域社会研究所版.jpg

Hana : お蔭様で、「ライフプロデュース」研究会も、発足後3周年を迎えます。浜さんには、「ライフプロデュース研究会」発足シンポジウム開催のあとの懇親会で、「君たちの研究会は、北斗七星の一つの星、7つの研究会のうちの一つとしてかけがえのない存在なのだから頑張りなさい。」と励ましていただきました。今でもそのシーンを思い出すと感謝の気持ちが湧いてきます。このシニア社会学会の「北斗七星」としての7つの研究会について、何かエピソードなどございましたら、お話いただければ嬉しいです。

浜さん:「ライフプロデュース」という言い方は、たとえ目に一丁字なき者にも耳が自然にそばたちます。研究会は喧々諤々よりは和気あいあいなのだろうと想像が膨らみます。学会報告を見るたびに、学会内の研究会として北斗七星の7つ目の星は、ひとを得、処を得てやっているなという印象をいつも持っています。

Hana : 浜さんにとって、1970年代、1980年代に大学生になった学生は教え子であられたわけで、(私自身も正に1974年--1978年に大学に在籍していました。)浜さんから見た当時の大学生はどんな感じでしたか。当時の大学生との関わりで印象的なことはございますか。当時の早稲田の大学生の印象の特徴などございましたらお願いいたします。

浜さん:20世紀は1989年で終わりました。暦の上では続きますが、短い世紀でした。なぜ1989年?ベルリンの壁が崩壊した年だからです。社会主義は資本主義との競争で負けたのです。しかも重厚長大の時代から電波の時代へ構造転換したのです。という延長線上で、大学も1980年代から変わりました。1985年ごろ、半年在外研究期間をいただき半年後日本にて帰ってきて大学の事務所に行くと、それぞれのデスク上にパソコン(当時は電算機と言っていたと思いますが)が開いた状態で林立している風景に「あれ!」と驚いた印象にもとづいているのですが、あるいは卒業論文のテーマが理論的な研究から実際的な課題を取り上げるという潮目の変化を感じました。ことの良し悪しを言っているのではなく、志向性を言っているつもりです。そして青春期が短くなり、恋をしなくなったのではないでしょうか。志向性を言っているのであって、ことの良し悪しを言っているのではありません。

Hana : ライフプロデュース研究会へのアドバイスや期待などございましたらお願いいたします。因みに、私たちの研究会活動が、世代間、ジェンダー間、研究者と実践者間の「架け橋」や「ハブ」、そして「ジャンクション」的機能を担えればいいなぁーとイメージしています。このインタビュー連載もそれを念頭に新たな試みとして始めました。アドバイス宜しくお願いいたします。

浜さん:「人は石垣、人は城、人は堀」と武田信玄(1521―1572年)が言ったそうですが、まことにその通りでないでしょうか。人を得て時を得るなら、敵は百万有りともわれ行かんではないでしょうか。物事は人と時を得ているか否かで決まりだと思います。

Hana : この対談シリーズの原題は、「Viva!生き生きと輝き続ける素敵な80代」なのですが、浜さんにとって、現役であり続ける、輝き続けるためのヒントやモットーは何でしょうか。また、今、浜さんの日常で、「マイ ブーム」などございましたら、ご紹介ください。

浜さん:「老若定めなく、寿命こそはかり難し」という言葉をいつも念頭に置いています。誰の言葉か承知していませんが、あれこれ考えさせられる言葉ではないでしょうか。大磯コミュニティカレッジを立ち上げ運営する際に、自分の年齢はこの言葉に包み込んで前に進みました。
目下、今後のバトンタッチをどうするかを模索中です。

Hana : 浜さんのこれまでの人生の軌跡で、次世代である私たち世代(50代から70代)に繋いでいきたいことはなんでしょうか。是非、教えてください。

浜さん:二十歳の時、今ではほとんど話題にもなりませんが、モルガンの『人間のしるし』(岩波書店)という本を中村メイコさんが推薦しているというので読みました。第2次世界大戦中、フランスで反ナチス運動で捕まり、収容所に捉えられたピエールが同じく捕らわれているジャンにたしなめられるシーンがありました。ピエールがある雪の日の朝、鉄条網に積もっている雪の情景を「ああ、なんて美しいんだ!」とつぶやいたのをジャンは聞きとがめて、「今そんないいかたをする時か」とつぶやくシーンのことが今なお気がかりなのです。
この小説はアンガージュマン(サルトルの考え方で、歴史に積極的に参与する思想運動のキーワード)小説として受け入れられたのでしょうが、その詳細はすっかり忘れてしまい、記憶しているのは鉄条網の雪の情景だけです。私にとって、人間として今やるべきことをうやむやにしてこなかったろうかという自答自問なのでしょう。これは私の自答自問なのですが、「あ!そうだ、あの時あのチョコレートをたべておくんだった。しまった」など、人それぞれに自らへの問いかけや反省など、ひとから見れば意味のないいろいろな未消化なものを持っているでしょうから、それを大切にして下さいということでしょうかね。

〜編集後記〜

さて、この投稿記事を纏めてみて、再度、浜さんがお書きになった「かわたれ時代の到来―コロナ禍を奇貨とする人間賛歌」を再読してみました。そして特に以下の部分を心に刻みました。かわたれ時代の幕開け  .docx 

「この時代状況を切り拓き道をつけようとする意志の下、かわたれという言い方が有効であるためには、われわれが生きている時代の方向性を積極的に誰何して明るさを取り込んでいく意思を必要とする。かわたれ時代とは21世紀ルネッサンスの別称なのである。彼は誰だろうという消極性と金星という方向を指し示す積極性を含意するかわたれという言い方は、われわれが生きている現在、この現在が今後いかなる方向を辿って行くのかを模索する中から次第に視界が開けていくという展望に明るさを添える言い方だ。かわたれ星は、時代の構造的組成を読み解き解釈し、問題点を組み立て替え好機に転換しようとする方向を指し示す位置取りの目印である。かわたれ時代だからこそ時代感覚を聡明かつ鋭敏に磨き上げるチャンスだ。」

「かわたれ時代」ー、明け方のことを「かわたれ」といい、金星のことを「かわたれ星」と呼ぶことを今回初めて知りました。かわたれ時代=21世紀ルネッサンスの別称 というのも前向きな明るさを取り込む意思が反映されていて、とても元気が湧いてきます。「かわたれ時代の到来」「かわたれ時代の幕開け」という表現は、日本人のこころにぽっと灯りを灯し、with コロナ時代に寄り添うキャッチだととても共感致しました。
浜さんの少年、青年時代、大学生時代描写もとても興味深いものでした。「大学の構内は演説する者、議論をする者、アコーディオンを奏でる者、デモをする者などいつも沸き立つような雰囲気がありました。」の描写はまるで映像の様に当時の早稲田大学構内を現してリアルに学生たちの躍動感が伝わってきて感動しました。アコーディオンの音色が流れるキャンパスでの学生たち,其処に佇む大学生の浜さんーしばし、時代をタイムスリップして思いを馳せました。

浜さん、今回の取材を通して「温故知新」、日本人のたおやかさを大切にしつつ、時代の変化にしなやかに、聡明且つ鋭敏に対応できるセンサーを研ぎ澄ますことが大切であることを学びました。質問項目に詳細にお答えいただきまして、誠にありがとうございました。

 
☆*⁎*⁎*⁎☆*⁎*⁎*⁎☆*⁎*to be continued☆*⁎*⁎*⁎☆*⁎*⁎*⁎☆*⁎*⁎*⁎☆

posted by ライフプロデュース研事務担当 at 18:42| Comment(0) | ブログ