2018年08月28日

「月島名物・もんじゃ焼きを楽しむ会」を開催しました!

 8月27日夕刻、皆川座長のご案内で、「月島もんじゃ焼きを楽しむ会」を開催しました。下町情緒たっぷりの町並みに、もんじゃ屋さんがな・なんと53軒(協同組合加盟店)今回は、皆川座長がお勧めの『新鮮魚介自慢の、大人の雰囲気で楽しめる店』、昔懐かしい昭和の香が際立つもんじゃ屋さん、『大江戸坂井』さんに行ってきました。美味しく、楽しく、ワイワイと、熱々のもんじゃは口の中でふわふわと、参加者全員を昭和の子供時代にいざなってくれました。

以下、皆川座長から事前にご案内いただいた「月島もんじゃ焼きを楽しむ会」のための基礎知識 (1)(2)


◆「月島もんじゃ焼きを楽しむ会」のための基礎知識 (1)    皆川 靱一

●そもそも、「見た目も名前も」不思議なもんじゃ焼きって、どんなものなのか?東京人でもこれまでに食べたことがないどころか、どんなものか見たことさえない人も多いのではないかな?
  現在、われわれが東京下町のもんじゃのメッカ・月島西仲通り商店街(もんじゃストリート)のお店で口にするもんじゃ焼きは、水とだし汁で溶いた小麦粉にソースなどで味付けし、野菜や肉、海産物など様々な具材を入れて焼いたもの。お好み焼きよりも水分が多く、箸などは一切使わず専用のヘラ(正式にはカエシと呼ぶ)を使って食べるものである。
  じゃあ、もんじゃのルーツを探ってみよう―。実はあれこれ多説あり、何と安土桃山時代にまでさかのぼらねばならないから厄介である。
そこまで戻る前に妥当な一説、「もんじゃは元々子ども向けのおやつだった」と月島の古老は言う。「昭和初期、やはり下町の荒川区に多くあった駄菓子屋が発祥の地だよ」。そのころは「駄菓子屋の土間に置かれた鉄板を子どもたち7〜8人が取り囲んで一人5円程で食べていたもんだ」とも。子どもたちは焼き上がった部分から、専用のヘラで少しでも多くの分量を奪い合う領地取りゲームを楽しんでいたとの記述もある。

●では、どれが本当?千利休にまで遡るもんじゃ焼きのルーツとは?!
まず、江戸時代に誕生したとの説を。当時は縁日や屋台で小麦粉を溶いて
鉄板に広げ、そこに字を書いて教えたとの「文字焼き」説が上がる。著名な浮世絵師、葛飾北斎が弟子への手本のために描いた「北斎漫画」にも文字焼きが登場する。
 その文字焼きの起源とは?
一説には安土桃山時代の茶人・千利休が考案したとされる「麩(ふ)の焼き」を挙げる話がある。小麦粉を水で溶いて薄く、薄く焼き、味噌などを塗ったもので、利休の茶法を聞き書きしたとされる「南方録」に、利休が茶会の茶菓子として麩の焼きを用いたと記録されている―との説である。

  ●専門書を紐解いただけで、素人の小生にはどの説が正しいのかなど分かりはしないが、今や多彩な具材が使われ、さまざまな味が登場しており、「小麦粉を溶いて焼く食文化は、利休の時代から大きく変化しながらも私たちの食生活に定着していること」に感嘆せざるを得ない。   (1) 

〜(2)〜に続く。     
             
   月島もんじゃ焼きを楽しむ会(2).docx         


東京メトロ有楽町線 月島駅 7番出入り口を出てすぐー、先ずは皆川座長、月島もんじゃ振興会協同組合にご挨拶

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もんじゃを堪能する前に、月島もんじゃ振興会(協)の入り口で、はい ぱちり!
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はい ぱちり! その2
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5.何十年ぶり?!!なので、お店のスタッフの焼き方デモンストレーション
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6.皆川座長は流石!手慣れたヘラさばき!でした。 
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7.若井さんも粋なヘラさばき!流石、深川出身の江戸っ子!
若井さんは、ご幼少の頃(60年前(笑))、5円玉を握りしめて近所の駄菓子屋さんの奥座敷で、うどん粉(メリケン粉)を水で溶いただけの「もんじゃ焼き」の争奪戦!を懐かしく語っておられました。因みに、若井さんの奥様は職場(上野)のもんじゃ屋さんで「Myへら(かえし)」をキープしておられるとか.......。

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8.チーズ入りのもんじゃは、焼きあがるとまるでPizza ヾ(❀╹◡╹)ノ゙❀~ 超美味でした――!!
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9.少し遅れて参加した、寺本眞子さんを交えて、宴もたけなわ、全員集合!はい! パチリ!
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皆川座長より締めのコメントはこちらから〜↓↓
(皆川さん、今回は素敵な会をコーディネートしていただきまして本当にありがとうございました。参加メンバー一同、心より感謝申し上げます。)

今や東京名物の一つになった「月島もんじゃ焼き」。最近は中学生の修学旅行コースにもなり現在、振興会協同組合に加入している店53軒、非加盟が31店舗の合計84軒が本通りや無数の路地に軒を連ねる。客数は年間500万人にも達するという。人気が出始ったきっかけは、いつ頃、なぜ?多くの例がありように、これも1990年にスタートしたNHKの朝の連続テレビ小説「ひらり」がきっかけだという。女優の石田ひかり主演の作品に、もんじゃ焼きが初めてテレビ画面に登場したのを機に、下町情緒たっぷりの庶民の味は、あっという間に話題を集め、「もんじゃ焼きの月島」に!
 そんな人気の月島もんじゃ焼きに今、難題が持ち上がっている。順風満帆に歩んできた各足に陰りが見え始めているという。中国や韓国からは変わらないが、欧米からの観光客数が減り、欧米からの客をどう取り込むか?の問題である。 「東京オリンピックまでの、この2年間が真剣勝負です。もんじゃ振興会、商店街振興
組合が合同で活性化会議を頻繁に開催し、知恵を絞っているのですが・・・。シニア社会学会の皆さんの豊富な実体験や企画力を活かして活性化対策に、力を貸して頂けませんか」と、もんじゃ振興会協同組合の松井勝美理事長から丁寧に懇願された。「自立」「共生」と「共(響)」を主軸にする「ライフプロプロデュース」研究会が、この活性化のノウハウを競う魅力的な協働作業を見逃す手はあるまい。寺本さんのシェアハウスのイベントとの連携などが頭に浮かぶ―。
「ライフプロデュース」研究会 皆川靭一
posted by ライフプロデュース研事務担当 at 09:12| Comment(0) | 日記
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