2019年01月17日

第8回 「ライフプロデュース」研究会      報告者 若井泰樹

  
皆様、寒中お見舞い申し上げます。
平成最後の新年、如何お過ごしでしょうか?
遅ればせながら、元旦の初日の出と、1月6日午前10:00頃、
平成最後の「部分日食」の画像を共有させていただき、
元号が変わる、記念すべき新たな年の、皆様のご多幸をお祈り申し上げます。

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平成最後の初日の出 2019/01/01 中村の友人が船上より撮影。

部分月食 その2.jpg
平成最後の部分日食 2019/01/06 中村昌子撮影

第8回 月例会を開催いたしましたので、ご報告致します。
今回の報告者は若井泰樹さんです。

1) 日 時:2019年1月11日(金)
2)場 所: 内幸町 日本プレスセンター内、日本記者クラブ9Fラウンジ
3) テーマ:「シニア期における新しい関係性作り、及びネットワーク作り」
4)参加者:7 名 三橋、若井、庄司、中村、小平、寺本、皆川(敬称略)
(80歳目前から50代まで、女子2名 男子5 名)

第8回 LP研 報告 (2019年1月11日開催)
テーマ 『シニア期における新しい関係性作り、及びネットワーク作り』
報告者 若井泰樹

まず最初に若井が口火を切って、定年の数年前より実践していった「定年後⇒シニア期の友人関係の構築」についての実体験を紹介。⇒やはり、「定年前に付き合いのあった会社関係の人たちとも、退職後は徐々に疎遠になっていく」のは世の常であり、定年前のできるだけ早い時期より「会社以外のコミュニティ」に勇気を出して積極的に参加すること、そこで友人を一人でも多く作っていくことが大切と気付き、心掛け実践していった。
若井の体験例では、地元の町内会役員、小中学校の同窓会・同期会の幹事、高校部活OB会役員等々を引き受け、さらにそこを起点として俳句会、歴史勉強会、カラオケ・ゴルフ会等にも所属して友人のネットワークを広げ、その後も生涯学習として立教セカンドステージ大学へ通学し、修了後も同窓会役員や3つの研究会に参加し、おかげで定年後も友人関係に恵まれたシニア期を過ごすことが出来ている。

次いで寺本さんから、シニア期においては、「特に自分のキャラクターを受け入れてくれる人とお付き合いしていきたい」、また「じっくりと心をくだいて接することができ、かつ男女を問わず尊敬できる人とお付き合いをしたい!」と話され、さらに相手から「会いたい」と言ってくださる人は大切にしていきたいと語られた。

三橋さんは、今は「自分の居場所」を真っ先に考えたい⇒確保したいと話され、それこそが「自然に仲間作り、ネットワーク作りにつながるのでは?」と話された。また退職後は立教SS大⇒某大学院へと進学され、現在は特に「哲学」に興味を抱き学ばれておられるとのこと。(ご本人は、元々は技術者)さらに、最近はテレビ出演も相次いでおられ、その反響で昔の友人、知人から続々と連絡が舞い込んでいるとのこと。

小平さんは、今は何事にも「コミットすること」⇒「自分が果たすべき役割」を大事にしていきたいと。定年後、「介護食3級」の資格取得をはじめ、「織物講座」に参加したり、立教SS大⇒同大学院へ進んでネットワークを広げており、趣味でヨガとかシャンソンのサークルへも参加、また教員時代の教え子たちとの交流を復活させ、現在では300坪の畑で野菜作り(⇒子ども食堂へ支援)にも励んでおられるとのこと。

庄司さんは、現在は立教SS大で出会った友人たちとの交流、さらに「ふくしま復興支援」を続けている仲間及び現地の人々とのお付き合いがメインになっていると。ふくしまの支援は5年以上続いているが、それは「一度も辛いと思ったことがない」ことが長く続けられる要因になっているとのこと。また一方で、「チームワーク」は大切だが、群れる」ことは嫌いと述べられ、これはシニア期においてむしろ必要な要素では?とも話されている。

中村さんは、性別に関わらず、関係性が牽制し合うようになったり、相手の裏表が見え隠れするようになったら、その友人との良好な関係の継続は難しいのではないか?その場合は、距離感保ち、自然にフェードアウトし、別の健全な関係性に力を注ぐことが大切ー、また、出身校の同窓会や会社の元同僚など同質性をベースにしたコミュニティでは、会う度に思い出話に花を咲かせることを繰り返すのではなく、「現在(いま)の自分」が相互に影響し合い新たなシナジー効果を生み出せるような関係性の構築が理想的だなぁーと話された。また、私たち世代の良好な関係性創りには、会社勤め時代の、所謂、❝派閥づくり❞やそれに伴う❝根回し❞はご法度!とも強調された。彼女の小学校の職場では、20代の若い教員たちから、児童教育の現場のノウハウを実践で具体的に教えてもらっていて、60代である自分のコーチが20代30代って、とても若返った気分で最高!!ーっ!と「実践!多世代協働」の職場の渦中にいる❝ワクワク感溢れる❞心境を語った。

皆川さんは、「まずは地域に出ていくことが大事」と力説され、さらにそこに「ふるさと」を感じ愛着を持つよう心がけておられるとのこと。原発事故以来、地元中央区に被災されて避難されておられる方々の支援活動を最優先で取り組んでおられるとのこと。ご本人自ら『避難されている方々を支援するシニアの会』を立ち上げ、地元の「もんじゃ焼き」のお店へその方々をご招待され、『もんじゃサロン』と称するその活動は7年目(40数回)を迎えておられる。また皆川さんは、支援活動を通じて、被災者の皆さんに「中央区を第二のふるさと」と思っていただけるよう、今後も尽力されていかれると話された。そして、「高齢者も世の中の役に立つんだ!」ということを証明していきたいと力説された。また地元の人たちとも手を組んでいきたいとも。最後に、『シニアになるほど、地域に出てコミットすることが重要』と述べられた。

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日本記者クラブ9Fラウンジ&レストランのスタッフの皆様のホスピタリティは素晴らしく、お食事も美味しいです。今年もどうぞよろしくお願いします。皆川座長、いつも予約ありがとうございます!
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〜編集後記〜
若井さんの報告の纏めを拝見し、ふと、「方丈記」で鴨長明が説く無常の世界が脳裏に浮かびました。
『ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。淀みに浮かぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、久しくとどまりたるためしなし。世の中にある人とすみかと、またかくのごとし。』
「シニア期における新しい関係性作り、及びネットワーク作り」は、若いころの期待に満ち溢れた、少し力の入った関係性の構築ではなく、むしろ、世の中も人の心も「無常」で、「所詮、人は孤独、他との関係性も永遠ではないという自覚」から始まるからこそ、むしろ失敗を恐れずに「結んだり、開いたり」、「消えかけても、また結んで」自分以外の他との関係性を自由に愉しめるのではないだろうか.....先ずは、樋口恵子さんの名言、「出掛ける! 出逢う! 何かできる!身近なところで、微・助っ人!」ー、身近な愛着のある地域で、自分の居場所やミッションを見つけることがお勧めであると私は感じておりますが、皆さんはどう思われますか?



posted by ライフプロデュース研事務担当 at 23:42| Comment(0) | 日記

2018年12月15日

12月14日、「報道ステーション」の「金曜特集」「没イチ メンズ」「おじさんたちのファッションショー」(伴侶を亡くした男たちの挑戦!)に三橋さんと庄司さんが登場しました!

12月14日の報道ステーション 金曜特集 で、「ライフプロデュース」研究会メンバー、三橋さん庄司さんが登場!されました。彼らが所属する「没イチの会」のメンバーが、12月14日の「報道ステーション」に登場すること、三橋さんと庄司さんもファッション・ショー参加されることは事前に❝ちらり❞とお知らせいただいておりましたので、一応、ビデオ予約はしておりましたが、......,想定以上!のパワフルな映像に吃驚!! 言葉もございません (*≧≦*)

元気とパワー戴きました!! 
ありがとうございます!!ヾ(❀╹◡╹)ノ゙❀~


わかり易く解説されている記事はこちらから.......

また、三橋建一さんにフォーカスした記事はこちらから。>

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posted by ライフプロデュース研事務担当 at 09:15| Comment(0) | 日記

2018年12月04日

第7回「ライフプロデュース」研究会  寺本眞子

テーマ:『死ぬまでにしたい 5つのこと』  寺本眞子
今回は『死ぬまでにしたい 5つのこと』と題して 

会いたい人に会う
伝えたいことを伝える
やりたいこををやる
身辺整理
人世を振り返ってみる

この中から、それぞれテーマを選んでいただき、皆様から飾らない本音トークを伺うことができました。
このテーマにした理由は?と問われたら、自分の気持ちに正直になれるかもしれない。自分を見つめ直し、やり残したことやこれから挑戦したいことがわかったら、もっと素敵な人生を歩めるのではないかと考えたからです。なかなか自分自身と向き合う機会は持てているようで 持ててないことに気がつきました。そんな本音トークを、研究会の皆さまと共有できたことで、なんだか不思議に元気をもらうことができました。

誰も もう年だからとか もうどうでもいいなんて思っていない。
誰も 人生投げてない。
皆 明日の自分の成長 可能性を求めて生きている。

そんなメッセージが伝わってくる時間でした。

会員のおひとりが 『求められたところで、力を尽くしていく』とおっしゃっていました。
私も 今の場所で 力を尽くして生きていこう、静かに心に誓いました。

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☆「死ぬまでにしたい5つのこと」 
Bやりたいことをやる               皆川 靱一


 「靱ちゃんは、音痴ね。歌になってないわ」―小学校5年生のあの日の授業で、あの女性音楽教師のこの言葉・屈辱を私は一生忘れていない。忘れないどころか、あの一言で私の人生は、全く≪歌を忘れた≫カナリア、歌や音楽とは無縁の一生になってしまった。「生徒の長所・得意な点を見付け、それを延ばしてあげるのが役目だよ」とは、結核でエンジニアの道を諦め、通信教育で教員資格を取得して高校の夜間部(二部)の数学教師になった父親の言葉だが、その父の背中を見て育ち、さらには約50年後に縁あって大学教授になって実感したのは、やはり父と同様に「学生には誰にでもある得意な点や長所を見付け、認めて褒めて上げ自信を持たせることだ」であった。

 とにかく、テレビで流れるクラシックやジャッズを聴くこともなく、まして有名奏者のコンサートなどには、還暦を過ぎるまで出掛けたことなど皆無であった。もちろん音楽の話題も禁句!気分のいい時に、大学時代に流行ったカッコイイ石原裕次郎の「錆びたナイフ」や「赤いハンカチ」などをこっそりと一人で歌う程度だった。あの五年生の時の教師の一言が、その後もずっと「俺は音痴だから、人前では歌っちゃいけないんだ!」に支配された屈辱と劣等感を抱き続けた人生が、涙が出る程悲しかった。

 そんな私が、後期高齢者になって大変身したのである。八年前に妻に先立たれ「独居」生活を続けていた私に、「奇跡」が起きたのだ。大学時代の初恋の彼女に偶然にキャンパス内で開催された行事で、約50年ぶりに再会したのである。彼女は大の音楽ファンで、フルート奏者でもある。彼女の誘いでチェコ・フィルの「わが祖国」、読響の「悲愴」や彼女がファンの玉置浩二コンサート等々―何度も出向き、遅まきながら音楽の素晴らしさに心を奪われた。「よーし、俺も歌うよ!」と二人でカラオケにも挑戦、今や週に数回通っている。コンサートに通い、カラオケで歌うのでは足らず、楽器(?)演奏にも挑戦することに決めた。この12月から「ウクレレ教室」に通うことに決めた。これまでの音楽劣等感を打破して、やりたいこと―今は音楽―を存分にやろうの心境である。やりたいことを実践し、明るく楽しみながら「人生100年時代」を生き抜く積りである。
                       


『死ぬまでにしたい5つのこと』                   寺本眞子

私はボストンに留学したいと思っています。何故かと申しますと、それは22歳まで遡ります。大学卒業と同時に留学を希望していた私は 父から初めて『NO』を突き付けられました。
今考えると娘可愛さ故に 心配で許可を出せなかったのだと理解できますが・・・。
一言残念。

でも、不思議とそんなことがあったことさえも忘れて数十年が過ぎていたある日『あ〜
留学したかったな〜私。今からでも行けるかな〜』なんて心の中で呟いている自分に気が付いたのです。それからもう5年は過ぎていますが、少しではありますが英語の勉強を再開しています。夢は叶えるものと信じて生きてきた私なので、きっとこの夢も叶えられる日がくると思っています。
せっかく留学できるのなら、私が本当に行きたかったボストンに行って、思いっきりキャンパスライフを体験したいと思っています。その時のイメージはもう私の頭の中には明確に描かれています。
キャンパスを颯爽と歩きたいし、せっかく青山学院大学大学院で 国際コミュニケーションを学んだのだから、多くの友人を作りたい。そう考えたら、今日という日を大切に過ごそうという気持ちがふつふつと沸いてきました。
私にとっても 今回のテーマ『死ぬまでにしたい5つのこと』は、思考を未来志向的にするきっかけになりとても良かったと思っています。 ありがとうございました。


『人世(人が生きる世)を振り返って』
〜人世で「ほんとうのこと」を語ることの難しさ〜  60代男性 匿名希望

私は67年の人生を振り返って、この「ほんとうのこと」を語ることの難しさをずっと感じて生きてきた。
また私は高校時代からの親友とか会社の先輩とかから、よく「お前はいつまでも青臭い!もっと大人になれよ!」と言われてきた。ただ、人間青臭いだけではとても世の中を渡ってはいけないので、少しずつ汚れて(大人になって?)いったように思う。
私も小さな孫が二人いるが、彼らを見ていると、もちろん「忖度」とか「社交辞令」とか知る由もないわけで、良いことも悪いことも常に直球勝負で発言していて、大人より「説得力」、「迫力」、「面白さ」等を感じることも多い。
ただ悲しいかな、彼らも大人になるにつれ、その青臭さを徐々に軌道修正していかざるを得ないんだなと切なく感じることも・・・
私自身この「青臭さ」を失っていった「きっかけ」は大きく3つあったと思う。
第1は、50年前(1968年)まさに「全共闘運動」のピークを迎えていた時期で(私は当時高校生であったが)大学を中心に世の中の「理不尽とか不条理なこと」等がいずれ良い方向へ改革されていくという期待感を抱いていた。しかし、東大安田講堂陥落以降、その活気は一気に沈静化していき、我々高校生の目にも、「所詮、権力に逆らってもムダ、圧倒的に潰される!」という現実を思い知らされ、後に我々ポスト団塊世代は「シラケ世代」と命名されるような風潮になっていった。
その当時、「フランシーヌの場合」という歌が流行り、『♪ほんとうのことを言ったらおりこうになれない(おばかさん)』という歌詞がその後もずっと脳裏から離れない。
第2は、入社5年目頃、組合の集会で突如「青臭い(過激)発言」をしてしまい、すぐに組合幹部から呼び出され注意を受ける事態に。(お前、あんなこと言ってたら、この先出世なんてできないぞ!と)⇒たしかに、周囲の青臭い人たち(人間的には好きなタイプ)はあまり良い処遇は受けていなかったような・・・
第3は50歳になる頃に、それまで封印してきた「青臭さ」を一気に爆発させてしまい(目の前の理不尽、不条理の壁相手に)、やがて挫折することに。

まあ私の拙い経験談で恐縮でしたが、今の世の中を見ても、政界、官界はじめことごとく「ほんとうのことを語る」ことの難しさ(空気)が蔓延しており、まさに50年前の「♪フランシーヌの場合」の歌詞に、皆忠実に生きているように感じる。
最後に、これからを生きる若者たちには、なんとか「フランシーヌの場合」は歌わなくてすむ世の中になれば!と切に願うばかりである。
以上


『死ぬまでにしたいこと』    小平陽一

 このところ、身近なところで訃報に接する事が多くなった。この歳になると「残り時間」を意識する。この限りある残り時間をどう使うのか? 明確なイメージはまだない。できる事は今を精一杯生きることぐらいか? でも、せめて「身辺整理」はしておきたい。その上で「旅」でもしようか! それは単に旅行ではなく、土地や街、町のような場所でもいいけど、歴史、暮らし、仕事、人との出会いなど含めて、見知らぬ「世界」をそぞろ歩き。


死ぬまでにしたいこと『伝えたいことを伝える』    中村昌子
❝後に続く世代の灯台の灯りになる。❞ いつも瑞々しい≪旬な婆さん≫になる! 

母校の「卒業40周年記念の集い」に参加してきた。40年前、学び舎を共にした1978年卒業の皆様との集い、写真は、式典の一部、チャペル(礼拝堂)での記念礼拝のシーンだが、この後ろ姿に、卒業後40年間の、それぞれの凝縮された人生が一杯詰まっているかと思うと、感無量だった。
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 私は、❝後に続く世代の灯台の灯りのような、若い世代が気持ちが明るく元気になれるような存在になりたい! いつも瑞々しい、時代の先端の一端を担う旬な婆さんでいたい!❞と考えている。それには、世代が入り混じった環境で、新たなことにチャレンジするフロンティア精神旺盛な、心身ともに健やかな自分でいたいと思うのだ。....。
 現在、公立小学校で関わっている、あどけない小学生の児童たちが社会を担っている2050年に、バックキャスティングアプローチで、想いを馳せてみよう! そうすると、2050年には、私はこの世に存在しないかもしれないが、未来の社会は、働き方も、価値観も、今とは異なるものとなっている。女性を含め、健康な成人の就労者数が増加するとともに、高齢者もボランティアやパートとして社会や地域に積極的に貢献している。労働時間は短縮し、働く時間もフレキシブルで、自宅勤務などを含めテレワーク が浸透して、多様な勤務形態で働くことができる。介護を伴わない、世代の垣根、血縁を超えた高齢者と若者の「世代間同居」が普通になり、小中学校の教育施設の近隣に高齢者集合住宅が増設されて、高齢者と子どもたちの共存・共助のしくみが整っている。異なる世代同士が自然に歩み寄れる対策、コミュニティの活性化,世代間協働・共助のしくみが整った社会になっている。そんな理想の社会を想い描いてみた。........。そんなこんなで、現実と理想を行きつ戻りつつ......日々の日常生活の中でも、私のバックキャスティングアプローチは続いていく。
posted by ライフプロデュース研事務担当 at 23:45| Comment(0) | 日記