2018年12月15日

12月14日、「報道ステーション」の「金曜特集」「没イチ メンズ」「おじさんたちのファッションショー」(伴侶を亡くした男たちの挑戦!)に三橋さんと庄司さんが登場しました!

12月14日の報道ステーション 金曜特集 で、「ライフプロデュース」研究会メンバー、三橋さん庄司さんが登場!されました。彼らが所属する「没イチの会」のメンバーが、12月14日の「報道ステーション」に登場すること、三橋さんと庄司さんもファッション・ショー参加されることは事前に❝ちらり❞とお知らせいただいておりましたので、一応、ビデオ予約はしておりましたが、......,想定以上!のパワフルな映像に吃驚!! 言葉もございません (*≧≦*)

元気とパワー戴きました!! 
ありがとうございます!!ヾ(❀╹◡╹)ノ゙❀~


わかり易く解説されている記事はこちらから.......

また、三橋建一さんにフォーカスした記事はこちらから。>

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posted by ライフプロデュース研事務担当 at 09:15| Comment(0) | 日記

2018年12月04日

第7回「ライフプロデュース」研究会  寺本眞子

テーマ:『死ぬまでにしたい 5つのこと』  寺本眞子
今回は『死ぬまでにしたい 5つのこと』と題して 

会いたい人に会う
伝えたいことを伝える
やりたいこををやる
身辺整理
人世を振り返ってみる

この中から、それぞれテーマを選んでいただき、皆様から飾らない本音トークを伺うことができました。
このテーマにした理由は?と問われたら、自分の気持ちに正直になれるかもしれない。自分を見つめ直し、やり残したことやこれから挑戦したいことがわかったら、もっと素敵な人生を歩めるのではないかと考えたからです。なかなか自分自身と向き合う機会は持てているようで 持ててないことに気がつきました。そんな本音トークを、研究会の皆さまと共有できたことで、なんだか不思議に元気をもらうことができました。

誰も もう年だからとか もうどうでもいいなんて思っていない。
誰も 人生投げてない。
皆 明日の自分の成長 可能性を求めて生きている。

そんなメッセージが伝わってくる時間でした。

会員のおひとりが 『求められたところで、力を尽くしていく』とおっしゃっていました。
私も 今の場所で 力を尽くして生きていこう、静かに心に誓いました。

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☆「死ぬまでにしたい5つのこと」 
Bやりたいことをやる               皆川 靱一


 「靱ちゃんは、音痴ね。歌になってないわ」―小学校5年生のあの日の授業で、あの女性音楽教師のこの言葉・屈辱を私は一生忘れていない。忘れないどころか、あの一言で私の人生は、全く≪歌を忘れた≫カナリア、歌や音楽とは無縁の一生になってしまった。「生徒の長所・得意な点を見付け、それを延ばしてあげるのが役目だよ」とは、結核でエンジニアの道を諦め、通信教育で教員資格を取得して高校の夜間部(二部)の数学教師になった父親の言葉だが、その父の背中を見て育ち、さらには約50年後に縁あって大学教授になって実感したのは、やはり父と同様に「学生には誰にでもある得意な点や長所を見付け、認めて褒めて上げ自信を持たせることだ」であった。

 とにかく、テレビで流れるクラシックやジャッズを聴くこともなく、まして有名奏者のコンサートなどには、還暦を過ぎるまで出掛けたことなど皆無であった。もちろん音楽の話題も禁句!気分のいい時に、大学時代に流行ったカッコイイ石原裕次郎の「錆びたナイフ」や「赤いハンカチ」などをこっそりと一人で歌う程度だった。あの五年生の時の教師の一言が、その後もずっと「俺は音痴だから、人前では歌っちゃいけないんだ!」に支配された屈辱と劣等感を抱き続けた人生が、涙が出る程悲しかった。

 そんな私が、後期高齢者になって大変身したのである。八年前に妻に先立たれ「独居」生活を続けていた私に、「奇跡」が起きたのだ。大学時代の初恋の彼女に偶然にキャンパス内で開催された行事で、約50年ぶりに再会したのである。彼女は大の音楽ファンで、フルート奏者でもある。彼女の誘いでチェコ・フィルの「わが祖国」、読響の「悲愴」や彼女がファンの玉置浩二コンサート等々―何度も出向き、遅まきながら音楽の素晴らしさに心を奪われた。「よーし、俺も歌うよ!」と二人でカラオケにも挑戦、今や週に数回通っている。コンサートに通い、カラオケで歌うのでは足らず、楽器(?)演奏にも挑戦することに決めた。この12月から「ウクレレ教室」に通うことに決めた。これまでの音楽劣等感を打破して、やりたいこと―今は音楽―を存分にやろうの心境である。やりたいことを実践し、明るく楽しみながら「人生100年時代」を生き抜く積りである。
                       


『死ぬまでにしたい5つのこと』                   寺本眞子

私はボストンに留学したいと思っています。何故かと申しますと、それは22歳まで遡ります。大学卒業と同時に留学を希望していた私は 父から初めて『NO』を突き付けられました。
今考えると娘可愛さ故に 心配で許可を出せなかったのだと理解できますが・・・。
一言残念。

でも、不思議とそんなことがあったことさえも忘れて数十年が過ぎていたある日『あ〜
留学したかったな〜私。今からでも行けるかな〜』なんて心の中で呟いている自分に気が付いたのです。それからもう5年は過ぎていますが、少しではありますが英語の勉強を再開しています。夢は叶えるものと信じて生きてきた私なので、きっとこの夢も叶えられる日がくると思っています。
せっかく留学できるのなら、私が本当に行きたかったボストンに行って、思いっきりキャンパスライフを体験したいと思っています。その時のイメージはもう私の頭の中には明確に描かれています。
キャンパスを颯爽と歩きたいし、せっかく青山学院大学大学院で 国際コミュニケーションを学んだのだから、多くの友人を作りたい。そう考えたら、今日という日を大切に過ごそうという気持ちがふつふつと沸いてきました。
私にとっても 今回のテーマ『死ぬまでにしたい5つのこと』は、思考を未来志向的にするきっかけになりとても良かったと思っています。 ありがとうございました。


『人世(人が生きる世)を振り返って』
〜人世で「ほんとうのこと」を語ることの難しさ〜  60代男性 匿名希望

私は67年の人生を振り返って、この「ほんとうのこと」を語ることの難しさをずっと感じて生きてきた。
また私は高校時代からの親友とか会社の先輩とかから、よく「お前はいつまでも青臭い!もっと大人になれよ!」と言われてきた。ただ、人間青臭いだけではとても世の中を渡ってはいけないので、少しずつ汚れて(大人になって?)いったように思う。
私も小さな孫が二人いるが、彼らを見ていると、もちろん「忖度」とか「社交辞令」とか知る由もないわけで、良いことも悪いことも常に直球勝負で発言していて、大人より「説得力」、「迫力」、「面白さ」等を感じることも多い。
ただ悲しいかな、彼らも大人になるにつれ、その青臭さを徐々に軌道修正していかざるを得ないんだなと切なく感じることも・・・
私自身この「青臭さ」を失っていった「きっかけ」は大きく3つあったと思う。
第1は、50年前(1968年)まさに「全共闘運動」のピークを迎えていた時期で(私は当時高校生であったが)大学を中心に世の中の「理不尽とか不条理なこと」等がいずれ良い方向へ改革されていくという期待感を抱いていた。しかし、東大安田講堂陥落以降、その活気は一気に沈静化していき、我々高校生の目にも、「所詮、権力に逆らってもムダ、圧倒的に潰される!」という現実を思い知らされ、後に我々ポスト団塊世代は「シラケ世代」と命名されるような風潮になっていった。
その当時、「フランシーヌの場合」という歌が流行り、『♪ほんとうのことを言ったらおりこうになれない(おばかさん)』という歌詞がその後もずっと脳裏から離れない。
第2は、入社5年目頃、組合の集会で突如「青臭い(過激)発言」をしてしまい、すぐに組合幹部から呼び出され注意を受ける事態に。(お前、あんなこと言ってたら、この先出世なんてできないぞ!と)⇒たしかに、周囲の青臭い人たち(人間的には好きなタイプ)はあまり良い処遇は受けていなかったような・・・
第3は50歳になる頃に、それまで封印してきた「青臭さ」を一気に爆発させてしまい(目の前の理不尽、不条理の壁相手に)、やがて挫折することに。

まあ私の拙い経験談で恐縮でしたが、今の世の中を見ても、政界、官界はじめことごとく「ほんとうのことを語る」ことの難しさ(空気)が蔓延しており、まさに50年前の「♪フランシーヌの場合」の歌詞に、皆忠実に生きているように感じる。
最後に、これからを生きる若者たちには、なんとか「フランシーヌの場合」は歌わなくてすむ世の中になれば!と切に願うばかりである。
以上


『死ぬまでにしたいこと』    小平陽一

 このところ、身近なところで訃報に接する事が多くなった。この歳になると「残り時間」を意識する。この限りある残り時間をどう使うのか? 明確なイメージはまだない。できる事は今を精一杯生きることぐらいか? でも、せめて「身辺整理」はしておきたい。その上で「旅」でもしようか! それは単に旅行ではなく、土地や街、町のような場所でもいいけど、歴史、暮らし、仕事、人との出会いなど含めて、見知らぬ「世界」をそぞろ歩き。


死ぬまでにしたいこと『伝えたいことを伝える』    中村昌子
❝後に続く世代の灯台の灯りになる。❞ いつも瑞々しい≪旬な婆さん≫になる! 

母校の「卒業40周年記念の集い」に参加してきた。40年前、学び舎を共にした1978年卒業の皆様との集い、写真は、式典の一部、チャペル(礼拝堂)での記念礼拝のシーンだが、この後ろ姿に、卒業後40年間の、それぞれの凝縮された人生が一杯詰まっているかと思うと、感無量だった。
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 私は、❝後に続く世代の灯台の灯りのような、若い世代が気持ちが明るく元気になれるような存在になりたい! いつも瑞々しい、時代の先端の一端を担う旬な婆さんでいたい!❞と考えている。それには、世代が入り混じった環境で、新たなことにチャレンジするフロンティア精神旺盛な、心身ともに健やかな自分でいたいと思うのだ。....。
 現在、公立小学校で関わっている、あどけない小学生の児童たちが社会を担っている2050年に、バックキャスティングアプローチで、想いを馳せてみよう! そうすると、2050年には、私はこの世に存在しないかもしれないが、未来の社会は、働き方も、価値観も、今とは異なるものとなっている。女性を含め、健康な成人の就労者数が増加するとともに、高齢者もボランティアやパートとして社会や地域に積極的に貢献している。労働時間は短縮し、働く時間もフレキシブルで、自宅勤務などを含めテレワーク が浸透して、多様な勤務形態で働くことができる。介護を伴わない、世代の垣根、血縁を超えた高齢者と若者の「世代間同居」が普通になり、小中学校の教育施設の近隣に高齢者集合住宅が増設されて、高齢者と子どもたちの共存・共助のしくみが整っている。異なる世代同士が自然に歩み寄れる対策、コミュニティの活性化,世代間協働・共助のしくみが整った社会になっている。そんな理想の社会を想い描いてみた。........。そんなこんなで、現実と理想を行きつ戻りつつ......日々の日常生活の中でも、私のバックキャスティングアプローチは続いていく。
posted by ライフプロデュース研事務担当 at 23:45| Comment(0) | 日記

山本圭美(まみ)さんのライヴステージに行ってきました。

少し前になるのですが、11月21日の夜、銀座の老舗ジャズクラブ 銀座Swing初登場の、「ライフプロデュース」研究会メンバーの山本圭美(まみ)さんの応援に、5人で駆け付けました。
私が友人として、元同僚として、彼女を本当に誇らしいと思うところにフォーカスしてお話したいと思います。この銀座Swingはまみさんにとって、デヴュー戦!ミュージシャンの渡辺かづきカルテット(ピアノ・ベース・ギター・ヴァイオリン)とは息がピッタリ!......が、ステージを分かち合もう一人の歌姫は、まみさんとは全くタイプの異なる、アイドル系の言わば芸能人、約30年のキャリアを持つアイドル且つ百戦錬磨のバックコーラス嬢ーということもあり、会場には、このバックコーラス嬢の親衛隊の紳士方(50代 バブル世代中心)が多数いらっしゃっておりました。

そのような状況の中で、その元アイドルのコーラス嬢は自分の得意分野の歌を次々と得意げに披露しておられましたが、我らが圭美(まみ)さんは、本邦初公開!!という難曲のアレンジの初披露に挑戦!されておりました。「アーティストとしてはアウェイの、しかも初出場のライヴステージで難曲、しかもアレンジ初挑戦!をトライしなくても良いのに........」と普通の方々は思うでしょう.....。が、だからこそ、山本圭美(まみ)さんなのです。
私自身の周りを見回すと、マミさんをはじめ、「Challengingにフロンティア精神旺盛!」がモットーであり、「困難を乗り越える」とか「壁を乗り越える」とか「目標を定め黙々と努力する」とかが大好物の孤高の女子、M女子タイプが複数人、存在します。だからこそ、満身創痍でも高度成長期を何とか生き抜いて来られたのかもしれません。

追記:ご一緒した、「ライフプロデュース」研究会のメンバーの紳士が、ステージからまんべんなく熱い眼差しを向け見つめる、元アイドル・バックコーラス歌姫の魅力にコロッ!と降伏、サイン入りのCDを買ったか?買うか迷ったか?は定かではありませんが......後日、サイン入りのカードを嬉しそうに見せてくれました。それほど、その歌姫嬢、一人ひとり、熱く見つめる視線合わせは流石プロでした。

ダイヤ♫⁺ダイヤ・*:..。ダイヤ♫⁺ダイヤ*゚¨゚゚・*:..。以下、圭美(まみ)さんのコメント一部抜粋ですダイヤ♫⁺ダイヤ・*:..。ダイヤ♫⁺ダイヤ*゚¨゚゚・*:
ボサノバやジャズスタンダードを聞いていただきましたが、その中で少し変わったアレンジでお届けしたのが
Mack the Knife (ドイツ語タイトル Die Moritat von Mackie Messer)。ジャズシンガーによく歌われるナンバーですが、ほとんどの方は明るいムードのスイングで歌います。
もとをたどると、約300年前の貴族を風刺した「乞食オペラ」という作品にたどり着きます。がオリジナルの当時の譜面などは残っていません。それをモチーフにドイツの劇作家ブレヒトが「三文オペラ」という戯曲にし、音楽劇としてクルトヴァイルが作曲しました。その劇中歌のである一曲、マックザナイフは、極悪非道の悪人マックのいくつもの殺人現場を歌っています。ドイツ語タイトルのMoritat は Murderというわけです。
シーザーが「人間は現実すべてを見えているわけではない。人は見たいものしか見ていない」と言ったそうですが、最後の歌詞にはそのようなオチまで描いています。

ベルリンのキャバレー風に歌いたいナァ、とあえて、クラシカルにアレンジし、オペラ風にしたのが、今回のマックザナイフです。殺人鬼とキャバレーのイメージで黒いハットをかぶって、黒いトレンチコートを用意したのですが、あまりに暑くて暑くてトレンチは断念。帽子だけだとなんだか、ピンキーとキラーズになってしまいましたね。反省。

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posted by ライフプロデュース研事務担当 at 10:26| Comment(0) | 日記