2020年10月30日

第19回 「ライフプロデュース」研究会、開催 & これまでの投稿記事の振り返り

10月も残りあと2日、皆さん如何お過ごしですか?

「コロナ禍」の影響で延期されていた 「シニア社会学会」、2020 年度の「創立2 0周年記念大会」の第 1 段階は、10 月 15 日(木)、労働者協 同組合連合会会議室で無事終了いたしました。10月30日(金) から 2 週間の予定で、一般の会員および非会員にもご参加いた だく第 2 段階に入ります。詳細は「シニア社会学会」のHPをご覧ください。


10月28日に第19回 「ライフプロデュース」研究会、ZOOMで開催いたしました。テーマは、『 with コロナを生き抜くため、それぞれが感じていることと、今後のテーマについて 』

8カ月ぶりの開催でした。参加者は、座長の靭さん、陽介さん、文太さん、井戸田さん、正岡さん、HANA 計6名でした。
第1部は, Forbes JAPAN 2020/09/08 の記事 『「ライフシフト」著者が語るコロナ時代の人生戦略』を資料に意見交換、第2部は、Web飲み会で、今後のテーマについて語り合いました。

2018年3月に新たな研究会として発足後、今までの研究会のテーマを振り返ると、

第5回 2018/9/21:人生で影響を受けた一冊 第5回 2018/9/21
第6回 2018/10/26:人生、思い出の逸品 
第7回 2018/12/04:死ぬまでにしたいこと 
第8回 2019/1/11:シニア期における新たな関係性つくり
第9回 2019/2/22:人生の仕舞い(終(しま)い)方、仕上げ方
第10回 2019/3/22:ネガティブケイパビリティを発揮すべき時、発揮した時
(参考図書:帚木蓬生 「ネガティブ・ケイパビリティ」)

第11回 2019/4/26:地域に密着した活動で後継者を育成する術について
第12回 2019/05/29:「令和の時代、身近な地域コミュニティのSDGs」
第13回 2019/06/26:地域で役立つ自分になるヒント
第14回 2019/07/31 :人付き合いの距離感
第15回 2019/9/25:孤立した人の見守り方・接し方
第16回 2019/10/23:今、Up−Dating していること
第17回 2019/11/27:
「3年後の自分をバックキャスティングアプローチで描いてみよう!」

第18回 2020/1/29:
人生100年時代の暮らしのライフプロデュース、私が考える『自立』について

第19回 2020/10/28 ZOOM開催。テーマは、『 with コロナを生き抜くため、それぞれが感じていることと、今後のテーマについて 』


今回、新たにそれぞれから提案されたテーマは、

・孤老について 特に同居する家族がいる人、そうでない人の相違点 (靭さん)
・シニアのジェンダーの問題 特に死別ケースの男女差 (陽介さん)
・LGBTQについて(正岡さん)
・80歳以上の生きがいについて(文太さん)
・コミュニケーションスキルとユーモアの大切さについて(井戸田さん)
  参考図書:ビクトール・E・フランクル 『夜と霧』
・グリーフケア(悲嘆=深い哀しみ=喪失感)についての基礎知識と
  新たな葬送について(HANA)

 
次回開催予定は、11月25日(水曜日)17:00〜17:40 WEB飲み 17:50〜18:30の予定です。 テーマは、上記、今回、新たに提案されたテーマの中から一つ選ぶ予定です。参加希望の方は、シニア社会学会までお知らせください。皆さまのご参加、お待ちしております。

【編集後記】 
by Hana

7カ月ぶりの「ライフプロデュース」研究会は、メンバー女性陣が様々な事情で参加できず、紅一点で参加いたしました。私自身の近況としては、この約8カ月間、半径5km圏内で過ごし、一度も都心にでる機会が無くても、何の不便も感じなかったことがかえって不思議な気がします。リモートワークをする人の増加で、家族は勿論、近隣の人々との地域コミュニティの関係性が重要になってきたことを身をもって実感している一人です。「灯台下暗し」にならないように、先ずは自分の日々の生活で関わる方々とのコミュニケーションを大切に見直したいと思う今日この頃です。

晩秋の葛飾八幡宮  November,2019 撮影 by HANA

富岡八幡宮 11月.jpg


 
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2020年09月15日

非常勤講師のひとりごと 正岡さんからの近況報告

夕方は陽が落ちるのが早く、めっきり秋めいてきました今日この頃、皆さん、如何お過ごしですか。
新内閣の顔ぶれに、様々な思いをお感じのことと思います。安倍政権の看板政策の1つに「女性活躍」があったはずでしたが、今回、菅新政権で選ばれた女性閣僚は、上川陽子法務相と橋本聖子五輪相の2人だけー、何か時代の潮流にミスマッチと思った方は多かったのではないでしょうか。......。

さて、久しぶりのブログ更新です。今回は、元A新聞スポーツ記者, 現在は、都内のO大学で、非常勤講師として「スポーツ ジャーナリズム」の授業を担当している正岡さん(61歳)の「オンライン授業ルポ」です。わかりやすく、読みやすく臨場感あふれる話の展開、コロナ禍の一面を切り取ったシリアスなテーマなのに、ご本人がZOOMと格闘する姿に思わず、くすっ!と笑ってしまいますが、ご本人が仕事で直面し実感している問題点を抽出する文章運びは、流石だなと思います。正岡さんは、普段はニヒルな佇まいで、自称、「引っ込み思案の人見知り」とおっしゃっていますが、受講生への鋭い観察眼を見ると、「実はこの方は、ヒトが大好きなのでは?」と思わず思ってしまう、以下、正岡さんの「スポーツ ジャーナリズム」のオンライン授業の現場レポートです。


オンライン授業はいいけれど……。 〜非常勤講師のひとりごと〜
大学非常勤講師 正岡


「ハイ、みなさん。おはようございます。それでは、授業、始めます」
このコロナ禍で気分は憂鬱なまま。少しカラ元気をだしながら、薄暗い自宅マンションの一室で、黒い画面に向かって話しかける。相手は私の講義を選択した約200人の学生たち。さえない私の顔だけが、画面左隅にちょこんと写る。あとは白い名前の文字だけが並んでいる。
 私の通う大学でも、4月からオンライン授業が始まった。デジタルにめっぽう弱いものには、まったくの未知の世界。不安で不安でたまらなかった。ところが、そんな思いを察してか、先輩先生が「オンライン授業のための準備講座」を開いてくれた。これは大学側の準備ガイドとは別に、まったくの初心者でもわかりやすく、一緒にZOOM画面を使って、作業手順を一から教えてくれるものだった。
 ミュート、チャット、ブレークアウトセッション、セキュリティー、ギャラリービュー……。最初はなにもかもちんぷんかんぷんだったが、連日のように1か月も“特訓”を受けたおかげで、授業前にはなんとかパソコンでの画面操作はできるようになっていった。
 そして、いよいよ授業開始。始まったはいいが、最初から冒頭の場面に出くわし、面を食らってしまった。オンライン授業といっても、学生たちは顔を出さないのである。理由はいろいろあるらしい。「恥ずかしい」、「起きたばかりだから(化粧をしていないんで)」、「パジャマのままだから」、「家の中を見られたくないんで」……。こっちだってそうだ。恥ずかしいし、まだ顔も洗っていないし、下は短パンだし、家の中はぐちゃぐちゃだし。だからといって教員のほうから、「顔出し」の強制はなかなかできない。大学側によれば、プライバシーの侵害を招く恐れがあるとかで。中には、授業の様子を写真に撮り、それをSNSなどで共有する輩もいるらしい。
 考えてみれば、私自身もこれまでZOOMで行われていた会議や研修などで、できるだけ「顔出し」は避けてきた。それは時間が長ければ長いほど、人数が多ければ多いほど、なんか恥ずかしくなる。それに、もともと引っ込み思案な性格だ。だから、学生の気持ちはよくわかる。
 前期の授業をなんとか無事に終えることができたが、ひとつだけ困ったことが起きた。学生たちの評価の問題である。これまでの対面授業であれば、課題レポートに加え、日ごろの授業態度でその学生の学修意欲なるものを見ることができた。「あいつは、また寝ているな」、「今日も遅刻か」、「いつもしゃべっているな」とか言って、チエックすることができた。オンラインではそうはいかない。出席率はやけによくなり、遅刻を把握するのも難しい。要するに、オンラインでは評価の判断要素が極端に減るのである。
 予期はしていたが、ある1人の学生から評価に対するクレームがきた。「先生、僕の評価はなんでこんなに悪いのですか。納得がいきません」。調べてみると、彼の課題レポートの成績は確かにいい。しかし、欠席数があまりに多かった。その旨を説明すると、「そんなはずはない。僕は毎回でていた」という。もう一度、出席履歴をチエックしてみると、確かにきちんと出席していた。再度、データをよく見ると、彼は出席カードを授業中に提出するのではなく、だいぶあとになって毎回、提出していた。
 私は授業ごとに、簡単な課題を出し、そのリアクションを書かせていた。それが授業内に提出されれば出席とするが、そうでなければ欠席扱いとしていた。そうしなければ、本当に授業にでていたかどうか、判断がつかないからである。悪知恵を働かせれば、授業には出ていないが、オンラインだけにはつないでおき、あとから友人に課題を聞いて、それを提出することだってできるわけである。
 対面授業のときは、こんなことがあった。いつも前の方に座っているのだが、どうも睡魔に襲われるらしく、よく眠っている学生がいた。聞けば、毎日午前7時からの部活動の朝練がきついのだという。一生懸命、授業を聞こうとしている気持ちはこちらにも伝わってくるのだが、ついついこっくり、こっくりとやっている。時には熟睡していることすらあった。
 それでも普段は、真剣な顔をして真面目に授業を聞いている。質問に対する反応もいい。課題レポートもまあまあだ。居眠りは玉にきずだが、この学生に悪い評価をつけることはできなかった。毎週顔を合わせていれば、学生の学修意欲というものは、なんとなくわかるものである。それがオンラインでは、まったくわからない。
 このコロナ時代にあってスタートしたオンライン授業。もちろん、いい面もたくさんある。通学時間がなくなり、遅刻や欠席が極端に減った。授業中はまったく静かである。いくつかのグループに分ければ、簡単な議論もできる。配布する資料の数も少なくて済む。講義の内容をより丁寧に説明することができる……。一方で、学生側からすれば、不満の方が圧倒的に多い。学修意欲がわかない、疲れる、友だちができない、精神的なストレスがたまる、課題が多すぎる。
 9月も半ば。もうすぐあのオンライン授業がやってくる。正直、憂鬱な気分は消えぬままだ。それは何はともあれ、いま一番求められているのは、教員の質の問題なのであろう、と自覚してしまったからかもしれない。パソコンのリモート操作の習熟は前提として求められ、いかに魅力ある授業を行うことができるか。単に内容の充実ばかりでなく、時にはエンターテイメント的な要素も必要なのか。チャットなどをうまく活用し、いかに双方向型の講義に持っていくか。だらだらと多くを語らず、簡潔な言葉で、学生たちにどこまで訴えかけることができるのか。
 これはオンライン授業に限った話ではないのだが、改めて考えさせられてしまった。

                        
O大学 非常勤講師 正岡



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゚❈*゚*❋⁎❈*゚*❋ 編集後記゚゚ *❋⁎❈*゚*❋⁎❈

   
by Hana


今回、正岡さんのオンラインの大学の授業と、私が関わっている公立小学校の授業の現場を比較してみました。公立小学校の現場では、授業については、密を避けるためにペアワーク、グループワークはなるべく控えて、デジタル教材の割合が増したことは事実ですが、一部の児童を除いて、小学校での対面授業を大いにエンジョイしている様にみえます。( 3密を避け、登校時検温あり、手洗い徹底、消毒の徹底などは周知徹底。)授業間休み20分では、この季節、竹製の水鉄砲をしたり、シャボン玉で遊んだり、竹馬に乗ったり、プール代わりに担任の先生と水道の蛇口から長く伸ばしたホースで水浴びし、全身ずぶぬれになってはしゃぎまわる子どもたちの姿を見ると、大人たちは、コロナ対応で業務が増えた大変さを上回る幸せな気持ちになります。
今回、正岡さんの大学オンライン授業のリアルな現場の様子をうかがって、改めて「コロナパンデミック」の時代に大学生活を過ごした若者たちがどんな社会人となっていくのだろうか、大人たちが注視しなくてはならないテーマだと実感しました。テクノロジーの発展で、コミュニケーション能力他、ヒューマンスキルの蓄積が見過ごされないようにと願うばかりです。

シャボン玉.png


〜to be continued 〜

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2020年07月16日

昭和の長男 元営業マン 井戸田さん(60代)から届いた「母への思い」

 こんにちは! 今週,ホットなニュースの一つ、7月15日、第163回芥川賞・直木賞の選考会が開かれ、芥川賞は高山羽根子さんの「首里の馬」(新潮3月号)と遠野遥さんの「破局」(文芸夏季号)、直木賞は馳星周さんの「少年と犬」(文芸春秋)に決定!しました。受賞作全部読んでみたいと思ったのは久しぶりのような気がいたします。個人的には、東日本大震災で被災した家族に飼われていた犬が、日本を南下しながら出会った人間たちと触れ合う連作短編集、馳さんの受賞作は早く読んでみたいですね。

さて、「ライフプロデュース」研究会メンバーの近況レポート9人目は、LP研の、応援団団長!元食品会社営業マン、井戸田さん(60代)。井戸田さんはいつもハートフルな彼らしいスタイルで、研究会の雰囲気をを盛り上げてくれます。また、地域のコミュニティ活動としては、戦前から脈々と伝統を受け継がれて来た、東京下町深川の町内会の役員を,長年,務めてこられました。以前、夏祭りの神輿担いで町内を仲間と練り歩くお姿を写真で拝見したことがありますが、いなせなチャキチャキの江戸っ子そのものです。また、彼のバリトンボイスで昭和歌謡を歌わせたら、そんじょそこらのカラオケ名手とはレベルがちょっと違います。まぁ、そんな愛すべき、井戸田さんのキャラクターの源泉は、ここにあり。とそう感じていつのまにか涙してしまいそうな、御年97歳の母上との生活の一コマー以下、井戸田さんから届いた近況です。

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元営業マン 井戸田

数百年に一度ともいわれる大規模なパンデミックが現実に起こり、私も一時は(それも結構長い間)得も言われぬ「不安と恐怖」を抱く事態に陥りました。そんな中で多くのメンバーの方々も述べておられるように、私も自分にとって「本当に大事なこととは何か?」とか「本当に大切な人(たち)とは?」とかについて、あらためてじっくり思いをめぐらすようになりました。ただ、それらをすべてご紹介しようとすると多分数十ページに及びそうですので(笑)、特にここでは「大切な人」に絞って述べさせていただきます。
自分にとって「大切な人」とは、やはり「我が家族」ということになりますが、まあ一番肝心の「妻」については、ご紹介していくうちに「犬も食わぬ?おのろけ話」に発展しそうですので、今回は特に「我が母」について少しお話させて頂きます。とかく若い頃は「母」について何か語ると、すぐに「マザコン?」とかレッテルを貼られそうでしたが、古希間近の身には心配無用ですので忌憚なく述べたいと思います。
私の母は、大正12年6月に東京神田に生まれ、その年9月に(乳呑み児ながら)「関東大震災」を経験し、その復興の中で幼少期を過ごしました。その後(勉強好きだった母が)楽しみにしていた高等女学校へ進学するも、当時の日本は先の戦争へ突き進んでおり、ろくに学校へは通えず、軍事工場へ勤労動員させられる日々が続いたそうです。ようやく終戦を迎えるも、住んでいた周辺は一面焼け野原で、食べるものもろくになく、大事に疎開させておいた大切な着物類も、知り合いの農家を訪ねては(泣く泣く)「野菜」などと交換してもらうという、ほんとうに辛く悲惨な体験をいやというほど味わったそうです。私が青少年期に、たまに母に「わがままや贅沢なこと」をぶつけると「私なんか青春時代の楽しい思い出など、何一つ無かったわ!」と悲しげな目で一喝され、あっけなく“撃沈”しておりました。
現在二世帯同居している母は97歳を迎え、今年の認定で要介護度もさらに重くなり、まさに満身創痍、長年患っている関節リウマチの痛みも、限界まで処方されている鎮痛剤もほとんど効かないありさまです。さらに今年はコロナ禍の影響で、週3回楽しみに通っていたデイサービス(ケア)も4月から「通所自粛要請」等があり、この3か月あまり一歩も外へ出られない「完全ロックダウン生活」を強いられました。
そんな母が、今年の「母の日」に(“諸般の事情”?でスーパーで買って来た)好物の「お寿司」を美味しそうにほおばりながら、「今は食べるものもいっぱいあるし、毎日テレビだって観られるし、戦争中のことを思えばまだまだ恵まれている方だよ」と笑みを浮かべながら語ったのです。私はその一言を聞いて、それまで溜まっていたちっぽけなフラストレーションなど何処かへふっ飛んでしまいました!
大正、昭和、平成、令和とまさに「激動の時代」を懸命に生き抜き、若い頃は楽しいことなど何一つ無かったはずなのに、年老いては満身創痍で毎日必死に痛みをこらえながら生きているはずなのに、家族の前ではほとんど愚痴もこぼさず、不本意ながらの「母の日のごちそう」にも文句ひとつ言わず、笑顔で美味しそうに食べてくれる母の姿に、かつその「強靭なメンタリティー」に、ただひたすらわが身の修行の至らなさを恥じるばかりでした。そして来年の「母の日」には、ちゃんとお店に連れて行って、大好物の「お寿司」をお腹いっぱい食べてもらえるような、平穏な世の中に戻ってほしいと切に願うばかりです。
ただ一方で、今我々に待ったなしで突き付けられているテーマは、もう「元の社会のあり方とか、元の生活の仕方」へそのまま戻るのではなく、ウィズ・コロナの「新常態」(ニューノーマル)への意識改革とか行動様式(生活様式)の変化とかを否応なく求められているということも、また現実であると受け止めております。この数か月に及ぶ「自粛期間」において、我々はいろいろなことを思ったり考えたりしたと思います。そこで、それらを今後この「ライフプロデュース研究会」において、様々な角度から議論し合い(メール、オンライン等⇒手段も柔軟に新常態!)、まさに『シニアにとってのニューノーマルとは?』とかについて、皆さんと共に模索していけたらいいなと思っておりますし、あらためて「心強いお仲間」だと感じております。どうぞ今後とも、よろしくお願いいたします。
以 上


添付されてきた2枚の写真には、メッセージが添えられていました。

『きれいな花を観賞することが好きだった母も、最近は旅行や散歩もままならず、せめて自宅の小さな庭で「四季の移ろい」を少しでも感じてもらえればと思い、定年後、見よう見まねで始めた「ガーデニング」に励んでおります。今年のあじさいはきれいに咲きました。 井戸田 』


2020 あじさい.JPG


小庭A.JPG



✻*˸*˸*⋆。˖✻*˸*˸*⋆。編集後記 ✻*˸*˸*⋆。˖✻*˸*˸*⋆。by Hana 

井戸田さんはお母さまの半生について、<大正、昭和、平成、令和とまさに「激動の時代」を懸命に生き抜き、若い頃は楽しいことなど何一つ無かったはずなのに.....>と書かれておられますが、今、二世帯住宅で日々温かく見守り、フラストレーションを少し感じつつも、お母さまとの日常で感じられておられる悲喜こもごもを、こうして愛情深く綴られるご長男の存在こそが、僭越な言い方ではありますが、井戸田さんの母上の激動の人生の最高傑作のような気がする次第です。

〜 to be continued〜









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